三星化学工業職業性膀胱がん多発損害賠償裁判で原告勝訴判決~化学会社の安全配慮義務を厳しく認定~福井地裁2021年5月11日
判決後集会(原告・弁護団 2021年5月11日)
[toc]オルトトルイジンによる職業性膀胱がんが多発した三星化学工業福井工場に被災労働者4名が、会社を相手取り総額3360万円の損害賠償を求め2018年2月28日に提訴して闘ってきた裁判で、福井地裁(武宮英子裁判長)は5月11日、会社に対して総額1155万円の支払いを命じる原告勝訴の判決を言い渡した。
判決は、「2001年当時、会社が入手したSDS(安全データシート)によりオルトトルイジンの発がん生を認識していた」と認定、裁判過程で会社が「(オルトトルイジンによる健康障害について)具体的に認識できる状況ではなかった」などとして、疾病発生についての損害賠償責任はないと主張したことに対して、
安全配慮義務・予見可能性・結果回避義務違反
「被告(会社)は、安全配慮義務の前提となる予見可能性について、具体的な疾患及び同疾患発症の具体的因果関係に対する認識が必要であるとして、本件において予見可能性があったというためには本件薬品の皮膚吸収による発がんの可能性の認識が必要であったとのであり、被告にはこれがなかった旨主張しているが、生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性を疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないと解される。被告の同主張は採用できない。」
と判示した。
さらに判決は、安全配慮義務についてのこうした基本認識を前提として、会社の予見可能性について、2001年当時までに会社が入手したSDSに経皮的ばく露による健康障害についての記載があったこと、福井工場長がSDSに目を通し発がん性も認識していたことなどから「被告には遅くとも2001年当時、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧(予見可能性)を有していた者と認めるのが相当」とした。
そして判決は、このように予見可能性があった以上、従業員がオルトトルイジンを含む薬品に経皮的にばく露しないように、「不透性作業服等の着用や身体に薬品が付着した場合の措置についての周知を徹底し、これを従業員に遵守させるべき義務があったというべき」だとした上で、会社がこうした措置をとっていなかったことにから、会社の結果回避義務違反を認定した。
裁判において原告側が、詳細に現場におけるばく露状況を立証してきたことが今回の勝訴判決をかちとる決め手となったことはいうまでもない。
三星化学工業福井工場における膀胱がん多発に至るまで、現場における労働者の訴えはことごとく会社による無視されてきた。もし、早く対策をとっていればこの事件は最小限に食い止められていた。
被災した方々は化学一般関西地本に加盟して労働組合を結成して、団体交渉を通じて問題の解決を図ろうと奮闘したが、会社はまったく不誠実な対応に終始し、提訴のやむなきに至ったのが今回の裁判であった。
判決後の記者会見において原告の田中康博たち(三星化学工業支部)らから
「この判決が、日本の化学会社でもうこれ以上職業的膀胱がんを発生させないのだという気持ちで闘ってきた。その意味で、一つの警鐘、礎となる判決を頂いたのではないかと思う」
「事件発覚後も未だに一度も謝罪会見をしていない。判決を会社が真摯に受け止め、控訴せず、謝罪会見を開いてもらいたい」
との発言があった。
団体交渉には必ず会社代理人弁護士が参加しほとんど弁護士が対応しているという状況がつづいている。今回の原告勝訴判決に対して会社が控訴するかどうかは現時点では不明であるが、いずれにしても、さらに会社を追及する職場支部、化学一般関西地本はじめとする関係労働組合、支援する会の闘いは続くことになるとみられる。
新たな職業病、職業がんが後を絶たない現状において、三星化学工業における膀胱がん多発に対する闘い、裁判は大きな意義を有していることは論をまたない。
三星化学工業労災事件(損害賠償請求事件)、福井地裁判決にかかる声明
- 福井地方裁判所(裁判長武宮英子、裁判官松井雅典、裁判官浅井翼)は、本年5月11日、三星化学工業労災事件(損害賠償請求事件)について、原告らの請求を認め、三星化学工業株式会社に対し、損害賠償を命じる判決を言い渡した。
- 本件訴訟の原告ら4名は、長年にわたり、三星化学工業株式会社の福井工場で勤務し、染料の中間体を製造する作業工程において、オルト-トルイジンに曝露された。原告らは、最初の曝露から約20年、あるいはそれ以上の期間にわたる曝露を受け、2015年以降、相次いで膀胱がんを発症し、いずれも労災認定を受けた。
原告らは、入院して膀胱がんを除去する手術を受けたものの、退院後も、大いに苦痛を伴う検査通院を余儀なくされ、今尚、膀胱がんが再発するのではないかという不安と恐怖を抱えている。
原告らは、オルト-トルイジンの曝露による膀胱がんの発症について、三星化学工業株式会社に安全配慮義務違反があったとして、その責任を追及すべく、2018年2月28日、本件訴訟を提起した。
被告の三星化学工業株式会社は、安全配慮義務違反はなかったと主張し、徹底して争う姿勢を示した。 - 本判決は、「生命・健康という被害法益の重大性にかんがみ、化学物質による健康被害が発症し得る環境下において従業員を稼働させる使用者の予見可能性としては、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はない」として、予見については皮膚吸収による発がんの可能性の具体的な認識が必要だとした被告の主張を排斥した。
そのうえで、2001年当時までに、被告が入手していたSDS にはオルト―トルイジンの経皮的暴露による健康障害についての記載があり、工場長が発がん性を認識していたなどとして、予見可能性を肯定した。
被告の結果回避義務については、平成13年以後、オルト―トルイジンに経皮暴露しないよう、不浸透性作業服等の着用や身体付着時の措置についての周知を徹底させるべき義務があったことを前提に、半袖T シャツでの作業や身体に付着した場合に洗い流す運用が徹底されていなかったなど、作業工程を改善しなかったことについ、三星化学工業株式会社の安全配慮義務違反を認め、その責任を断罪した。
本判決は、我が国の労災事案としては、新しく問題とされるようになった、オルト-トルイジンの曝露と膀胱がんの発症という類型について、2016年労災が認められ最終的な法規制が2019年にようやくされた中、それを2001年の段階にあっても予見可能性・回避義務があったとして少なくとも15年間責任の発生時期を遡らせたこと、その際、確実とまではいえない発がん情報であったとしても、企業が有するSDS によって発がんのリスクを知りえたことをもって責任を問える根拠として企業の安全配慮義務違反の責任を認めた点で、画期的と評価できる。 - 原告らは、国の規制が遅れたことをもって責任がないと主張してきた三星化学工業株式会社が本判決の指摘を真摯に受け止めて、今後は二度と労災の被害者を出さないよう、安全配慮の姿勢に立ち返ることを願うとともに、本判決が全国の化学工場で働く労働者にとって職業がんの被害を防ぐための警鐘となることを願って、最後まで、たたかい抜く決意があることを表明するものである。
2021年5月11日
三星化学工業労災事件(損害賠償請求事件)原告ら及び弁護団一同
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