突然の自殺と業務起因性/和歌山
被災者は数年前の3月19日、出勤後に社内で首を吊って亡くなった。
この1か月前に退職した別の職員が行っていた業務を引き継ぎ、慣れない作業に苛まれ、同僚や上司からのフォローがないまま悩み続けた末に選んだ死であった。
事件が発生した会社はたいへん小さな事業所で、被災当時は被災者を除くと、社長、新入社員、パート事務員2名の4名体制であったが、パワハラ体質の社長と社員いびりが生きがいのパート事務員に囲まれ、定着できる社員はいない。事実、被災者の死亡後すぐに新入社員もメンタル不調を訴えて退職している。
ご遺族は労災請求を行ったが、所轄働基準監督署長は業務上災害として認めなかった。ご遺族の依頼もあり、監督署に判断の理由を聞きに行ったところ、以下のとおりであった。
1.被災者は精神疾患に罹患していたのか。
被災者はこれまで精神疾患の病歴はなく、自死に先立って心療内科等で診察を受けたこともなかった。そのため、自ら命を絶つ背景を、事業所に対する抗議の死ではないかという見解もあった。この場合、精神疾患そのものが否定されるため、そもそも災害ではないということになる。
ご遺族は、メンタル不調の兆候として①食欲減退、②表情の欠落、③集中力と注意力の減退、④不眠を挙げている。監督署は当初、これらの情報をもとにICD-10に照らして「中等症うつ病エピソード」と判断しようとしていた。
しかし、この判断に対して精神部会が待ったをかける。請求人たる遺族が行った報告では信頼性が足りず、職場の同僚から被災者の様子を聞いてこい、と言うのである。遺族が自殺を精神疾患によるものとして求めるがゆえに他覚症状をねつ造したのではないかと疑ったのであろう。
監督署は再び事業所関係者に被災者の様子の変化を尋ねたが、現在も就労している従業員に被災者に関心を向けるようなものは一人もいなかった。開示資料は黒塗りでよくわからないものの、肯定的な申述を行っていないということは確認できる。窮地を救ってくれたのは、すでに職場を去っていった元従業員である。被災者は、引き継いだ仕事の内容が分からずに何度も元同僚に電話をかけて確認している。そのときに話していた内容や心情の吐露などを得られたために、うつ病であったということがようやく認められた。
2.被災者の業務起因性は認められるか。
うつ病発症が認められたが、次はそれが業務に関連するかと言うことが問題になる。ご遺族は、慣れない業務をひとりでやらされて苦悩していたということを強調する。それが社長やパート社員の性格に帰結する主張を展開したため、精神的負荷は「中」程度との結論になり、業務起因性は認められなかった。あの社長がもっとフォローしてくれたら死なずに済んだのに、パート社員が意地悪せずに助けてくれたら良かったのに、という気持ちが強いご遺族としては到底受け入れられない結論である。また、もっとも心理的負荷が大きいとされた「仕事内容・仕事量の大きな変化」については、元々倉庫業務に従事していた被災者が、退職者の作業を引き継いで、一部事務作業を行い、その業務に慣れないPC操作があった、というもので、業務量が増えたことについても1か月に30時間弱の残業が発生したに過ぎず、認定基準のハードルを越えるものではなかった。
ご遺族から相談を受けたときは、こんなことで亡くならきゃならなかったなんてと陰うつな気分になった。「仕事内容・仕事量の大きな変化」について、【強になる例】には「過去に経験したことがない仕事内容に変更となり、常時緊張を強いられる状態となった」とあるため、倉庫業務を行っていた被災者が、PCを使った事務作業を行ったことの評価はどうかと尋ねてみた。
監督署としては、PC操作において、通常人にとって特別困難で、操作ミスによって業務に多大な支障が生じるものであれば考えられうるという回答であった。調査を通じて明らかになった業務内容は、エクセルシートの所定のセルに数量を入力する程度で、「過去に経験がしたことがない仕事内容」であっても、「常時緊張が強いられる」ものではなかった。
とはいえ、家に帰ってもパソコンの練習をしていた姿を見ていたご遺族からしてみれば、「エクセル程度」ではなかった。被災者が死にたくなるほどの辛さを抱え、毎晩うなされ、泣いていた姿を目の当たりにしていたため、原処分の取消を求めて闘い続けなくては申し訳が立たないのである。
関西労災職業病2021年3月519号