不法就労者の労災と解雇/愛知

8年におよぶ不法残留中のイッタンさんは、不法就労者が集住する東海地方でこれまで問題なく仕事と生活を送ってきた。しかし、昨年11月にプレス機に手を挟まれて重傷を負い、そのまま病院に置き去りにされたためにその後の生活も就労もままならなくなってしまった。

災害の発生状況は、次のとおり。彼が作業するプレス機は古いため作業中に突然停止することがあった。事故時も停止したプレス機を再起動するべく、一度資材をプレス台から取り除こうとしたときに、突然プレス部分が動き出して手を挟んだ、というものである。

イッタンさんはこれまで日本語を必要としてこなかった。機械を使った作業は、見様見真似で覚えることができるし、話すことができる日本語も、「はい」、「おはようございます」、「あざっす(ありがとうございます)」くらいしかない。今まではそれで仕事も生活も支障はなかったのだが、ケガをしてから困難に直面した。イッタンさんは、自分がこれまでどこにいて、そして今どこにいるのかよくわからないのである。

世話になっている病院については診察券があるためすぐにわかったが、肝心の事業場と雇用者がわからない。イッタンさんに尋ねると、雇い主のことを「ボス」と呼んでいたそうだが、会社名はおろか、氏名も住所も知らないらしい。働いていた工場も「傍に川があった」という程度の情報しかなく、どこに行っても同じ風景が広がっている日本ではあまり参考にならない。

このまま事業場不明のまま労災請求を行うことになるが、地方の病院では、不法就労者に労災保険が適用されるのか、と懐疑的に信用してもらえない。イッタンさんは在留資格がないことから健康保険に加入することはできないため、手術代も含めてすべて自由診療で処理されてきた。つまり、全額自己負担だったのである。保険が効かない以上、病院も取りっぱぐれたくない。初診日からの療養補償給付の請求を行うことでイッタンさんがこれまで支払ってきた療養費の返還を求めたが、拒否されてしまった。仕方がないので休業補償給付請求を先行し、所轄労働基準監督署が判明次第療養補償給付の請求を行う、ということにした。もっとも雇用者に関する情報が欠片もないとなると監督署も調査のしようがないため、まずはイッタンさんが働いていた工場を探すことにしよう。

言うまでもなく、労働基準法上の解雇制限(19条)に従い、業務上災害によって休業中であれば解雇はできない。しかし、働いてはいけないにもかかわらず働いているという立場であるため、イッタンさんのようにケガをした途端に会社から放り出されることは珍しくないだろう。事件が公になると、働いていたイッタンさんも、働かせていた職場も困ることになるからである。また、かなりの頻度で作業を停止してしまう、安全装置も設置されていないプレス機を不法就労者に扱わせていた挙句に業務災害を発生させたとすれば送検されるおそれもあり、事業所としては血まみれの腕を抱えるイッタンさんを病院に連れて行ってやっただけでもありがたく思え、くらいの感覚かもしれない。

最近は不法就労外国人からの賃金不払いの相談が増えている。コロナ禍でなりふり構わなくなった事業者が意図的に不法就労者を雇用し、賃金を支払っていないということも考えられる。不法就労者であるため自業自得、という見方をされることも多いが、少なくとも安全に働き、働いた以上は正当な対価を得てもらいたい。

関西労災職業病2021年2月518号