MOCAによる膀胱がん、労災と認める 厚労省専門検討会結論 静岡労働局にも周知を要請

2021年1月21日静岡労働局会見(右から田島陽子・関西労働者安全センター事務局長、熊谷信二・元産業医大教授、成田博厚・名古屋労災職業病研究会事務局長)FNNプライムオンラインより

業務上疾病(職業病)として公的認知

厚生労働省は、2020年12月22日「芳香族アミン取扱事業所で発生した膀胱がんの業務上外に関する検討会」報告書(以下、報告書)を公表した。具体的には労働者が発症した膀胱がんと3,3’-ジクロロ-4,4’-ジアミノジフェニルメタン(MOCA)のばく露に関する医学的知見をまとめたものだ。一定の条件を満たせば、業務上と認めて労災保険の補償を支給することになる。

MOCAを取り扱った労働者の多数が膀胱がんを発症していると発覚したのは、2015年福井市の三星化学工業でオルト-トルイジンを使用した労働者が膀胱がんを発症したことで、厚生労働省がオルト-トルイジン取扱事業場調査を行ったことからだった。調査の中で静岡県のイハラケミカル工業株式会社(現:クミアイ化学工業株式会社)で7名労働者の膀胱がん発症が見つかり、MOCAとの関連が疑われた。

2018年5月、労働安全衛生総合研究所の甲田茂樹氏らがMOCA取扱と膀胱がん所見のある労働者についての調査結果を日本産業衛生学会で発表した。発表では社名は伏せられていたが、2016年9月にすでに膀胱がん7名の発症があったと社名もマスコミ報道されていたため、イハラケミカルのことと推察された。甲田氏の発表では、12名の膀胱がん所見あり(うち1名は良性)の男性のうち10名が1~10年のMOCA取扱歴があり、うち2名はオルト-トルイジンの取扱もあった。この発表を知った熊谷信二氏(元産業医科大学教授)からこれら労働者が労災請求していないのではないかという懸念が示され、2018年9月28日に全国労働安全衛生センター連絡会議(以下、全国安全センター)など被災者支援団体で厚生労働省に要請を行った(本誌2018年10月号記事)。10月、厚労省のMOCA取扱事業所調査(2016年9月から実施)により、全国の7事業所で17名の膀胱がん発症を把握、うちイハラケミカルは9名(在職者2名、退職者7名)だった。厚生労働省は要請を受けて該当者に労災手続を知らせる案内を送った。2019年1月の報道で、膀胱がん患者17名のうち7名が労災請求したことが分かった(本誌2019年2月号記事)。その時点で、MOCAによる膀胱がんについて厚労省は業務上外の専門検討会を開いていなかった。

その後は、この件について何の情報もないまま時間が経過していたが、2020年3月、「芳香族アミン取扱事業所で発生した膀胱がんの業務上外に関する検討会」が立ち上げられ、2020年12月22日までに5回開催され、今回報告書がまとめられた。労災請求があったとの報道から、検討会が開かれるまで1年以上あり、2016年の膀胱がん発症が把握されてから4年がかかっている。

報告書は、MOCAのばく露が膀胱がんの発症の有力な原因との可能性が高いと認め、判断する基準をMOCAのばく露業務に5年以上従事し、発症までの潜伏期間が10年以上認められる場合とした。これら条件を満たさない場合は、作業内容、ばく露状況、発症時の年齢、既往歴の有無、喫煙の有無などを勘案して、検討するとしている。

また、今後の厚労省の対応として検討会での業務上外の判断結果に基づき、速やかに事務処理を行うよう所轄署に指示をし、以後の労災請求については必要に応じて当検討会で検討するとしている。またMOCAを取り扱う事業場に対して労災請求手続等を周知徹底し、MOCAにより膀胱がんを発症した労働者に関する労災請求権の消滅時効については、この日、2020年12月22日まで進行しない取扱いとする。つまり、通常の労災なら休業補償など2年で時効となり請求権を失うところが、この件に関してはすでに発症から2年以上が経っていても、2020年12月22日の翌日からの進行となるので、時効はここから2年後、障害補償や遺族補償もこの5年後となる。

近く労災決定の予定

報告書の発表を受けて、2021年1月21日、全国安全センターで厚生労働省、静岡労働局に要請を行った。
すでに多数の被災者を出しているクミアイ化学、およびMOCAにばく露した可能性のある労働者へ労災認定される可能性があることを広く周知すること、「労働基準法施行規則第35条専門検討会化学物質による疾病に関する分科会」で早急に審議して、職業病リストに掲載し、健康管理手帳の対象とすることなどを要請した。(要請書後掲)

静岡労働局に対しては、1月21日、訪問して直接要請した。

労働局では、労災補償課長及び監察官が対応した。その中で以下のようなことが分かった。

  • 労災請求については、2019年1月の7名から増えている。
  • うち検討会で業務上外の判断について結果をもらっているものがあり、決定する作業に入っている。検討会から追加調査を指示された案件もある。今後もMOCAについては検討会で業務上外を判断する。
  • 決定については、特に発表する予定はない。
  • MOCAの労災請求の周知については、まだ本省から指示されていないので、指示があったときにそれに従って行う。

こちらからは、さらに3点要請をした。

  • 2018年10月に膀胱がん患者への労災手続を案内する個別通知を行ったときの文書と添付したとするパンフレットを開示すること。
  • 検討会で業務上外を判断した案件は、都道府県別に業務上、業務外の件数を公表すること。
  • クミアイ化学は現在MOCAを中国の子会社で製造している可能性があり、そちらでも被害が出ているかもしれないので、中国に情報提供すること。

ひとつめについては、後日返答。
ふたつめ、みっつめについては、厚生労働省に要望があった旨伝えるという返答であった。

その足で、静岡県庁の記者クラブで要請したことを公表した。TV静岡、静岡新聞、中日新聞などが、MOCAによる膀胱がんの周知を求めているとして報道を行った。

MOCAを取り扱って膀胱がんを発症した労働者と連絡を取りたいと思い、2018年から試みてきたが、いまだ当事者とは会えていない。しかし、厚生省や労働局に要請を繰り返すことによって、何名かは労災請求に至り、時間はかかったが労災認定される見通しがついた。

今後は追加で厚労省に、検討会で業務上外の結論を出した件数について、公表していくよう要請する。

化学物質による疾病は、長い時間が経ってから発症するため、労働者自身が病気と仕事との因果関係に気づくのが難しい場合がある。また、仕事のせいではないかと考えても、相談の段階で労災の窓口で門前払いされてしまうこともある。

1件でも労災認定された事例があれば、広く周知して、事業場や労働者に注意喚起することが重要であり、また予防対策についても推進してほしい。

(文・田島陽子)

厚生労働省・静岡労働局への要請書

2021年1月7日

厚生労働大臣殿
静岡労働局長殿

全国労働安全衛生センター連絡会議

MOCA曝露による膀胱がん患者に関する要請書

イハラケミカル工業株式会社(現 クミアイ化学工業株式会社・静岡工場)において、2017年3月までに11名の膀胱がん患者が発生しました。このうち9名は発がん性物質であるMOCAの曝露を受けており、仕事が原因の可能性が極めて高いと考えられました。しかし厚生労働省がこれらの患者の発生を把握してから1年半が経過した2018年9月時点でも、患者さんからの労災請求がなされていませんでした。このため2018年9月に、私どもは、厚生労働省が患者さんに対して労災請求するように指導するよう要請しました。その結果だと思いますが、2019年1月までに7名が労災請求をしたとのことでした。ただし、この7名の中にはイハラケミカル工業以外の患者さんも含まれている可能性もあります。いずれにしても、イハラケミカル工業の患者11名の中で労災請求したのは、一部でしかありません。

2020年12月22日に、「芳香族アミン取扱事業場で発生した膀胱がんの業務上外に関する検討会」はMOCO曝露が膀胱がん発症の原因となる可能性があると結論し、一定の条件を満たせば業務上と認める旨の方針を示しました。本事案の発覚(2016年9月)から結論を出すまでに4年以上も掛かったことは遺憾ですが、結論自体は歓迎できるものです。

これに伴い、厚生労働省はMOCAを取り扱う事業場に対して、労災請求手続き等の周知を実施するとしています。それは当然のことですが、特に多数の患者が発生しているイハラケミカル工業に対しては、患者さんに労災請求を強く勧めるように指導するとともに、厚生労働省(労働局あるいは監督署)が直接に患者さんに指導するべきです。なぜなら、仕事が原因の疾病は健康保険や国民健康保険ではなく、労災保険で治療するべきだからです。それと同時に、労災保険から治療費および休業補償を受給することは労災被災者の権利であり、また当該疾病が原因で死亡されている場合は、ご遺族が遺族年金を受給することも権利だからです。

なお、イハラケミカル工業では既にMOCAの製造を行っていませんが、MOCAの販売は継続しており、2016年の同社の資料には世界トップシェアと記載されています。また和歌山精化工業とDICもMOCAを販売しています。したがってこれらの製品を使用してウレタン防水材を製造する会社の労働者や建造物に防水材などを施工する労働者もMOCAに曝露される可能性があります。このため厚生労働省が、これらの労働者にも、MOCA曝露により膀胱がんを発症する可能性があること、そして膀胱がんを発症した場合は、労災に認定されることを広く知らせることが重要です。

現在、「労働基準法施行規則第35条専門検討会化学物質による疾病に関する分科会」が稼働していますが、MOCAについても、早急に審議して職業病リストに掲載するとともに、健康管理手帳の対象とするべきです。

ウレタン防水剤原料「モカ」
健康被害 労災認定へ

ウレタン防水材などの原料に使われる化学物質「MOCA(モカ)」を取り扱った労働者らがぼうこうがんを発症した問題で、厚生労働省は、労災請求を認める方針を固めた。同省の検討会が昨年、仕事との因果関係があるとの報告書をまとめたためで、関係する労働局に対し、速やかに決定するよう近く指示する。モカでの労災認定は国内で初めてとなる。

モカはウレタン樹脂を固める硬化剤などに使われ、発がん性がある。2016年に旧イハラケミカル工業(現クミアイ化学工業)の静岡工場(静岡県富士市)で、モカ製造に関わった労働者5人のぼうこうがん発症が判明。厚労省が全国の538事業所を調べたところ、同工場を中心に全国7カ所でモカの取り扱い作業歴のある労働者や退職者計17人がぼうこうがんを発症していたことが分かった。発症年齢は60代が10人と多く、12人が退職後だった。このうち少なくとも7人が労災補償を請求している。

厚労省は20年3月から医学や化学などの専門家でつくる検討会で発症との関連性について調査を開始。同12月下旬にまとめた報告書では、「少なくとも5年程度の暴露業務でぼうこうがんを発症する可能性がある」と指摘した。これを受け、厚労省は「暴露業務に5年以上、潜伏期間10年以上」など一定の条件を満たせば労災を認定する方針を決めた。この期間に満たない場合も、作業内容や既往歴などを勘案して可否を判断する。

厚労省によると、モカの取り扱い歴のある労働者(退職者は除く)は国内で約3700人。厚労省補償課は「モカの取り扱い事業所にも労災請求手続きの周知を図りたい」としている。労災被害の支援に取り組む「全国労働安全衛生センダー連絡会議」(東京都)は「モカを扱ったぼうこうがん患者や遺族は労災申請を検討してほしい」と話している。【矢澤秀範】

毎日新聞2021年1月15日

関西労災職業病2021年1月517号