通勤災害の認定について(14)通勤途中の意識消失:原因は持病か「満員電車」か
通勤に起因することの明らかな疾病
閉所恐怖症のため、満員電車で発作が起こる心配を抱えた人の話を聞いたことがある。また、心臓にペースメーカーや細動除去装置を導入している方をはじめ、基礎疾患を抱えながら仕事に就かれる方は少なくない。 このような方が、通勤途中に体調不良に陥った場合、通勤災害として認められるだろうか。
通勤災害が認められる範囲は、 労働者災害補償保険法施行規則に 「通勤による負傷に起因する疾病その他通勤に起因することの明らかな疾病とする」(18条の4)と定められている。そのため、持病を持つ方が通勤途中で体調不良に陥るような場合、既存疾患が通勤途中で悪化した、というようなものであれば、「通勤に通常伴う危険性が具体化した」ものではないために通勤災害として認められることはない。
今回紹介するケースは、持病を抱えた方が通勤途中に意識を失い、転倒して手足を骨折した事案である。被災者の持病は不整脈であり、 原処分では不整脈の発作が通勤途上において偶然起こり、意識消失をきたした可能性があるとして、不支給処分となっている。
事故の概要は、 通勤途中に地下鉄を降りて地上に上がり、数歩歩いたところで気がついたら転んでいたというものである。
原処分庁は、
- 被災者の申立は、「意識を失って倒れた」 「会社で実施した健康診断の結果により、 貧血も含めて治療を受けている」 とのことであった。
- クリニック主治医の意見によれば、ホルター心電図検査により心室性期外収縮が頻発しており、 不整脈発作によって意識消失をきたした可能性は否定できないとのことであった。
という2点から、 被災者の持病である不整脈の発作が通勤途上において発症したため転倒し、 負傷した可能性が否定できず、通勤との間に相当因果関係が認められないことから不支給決定すべきである、と結論付けている。
発症経緯をみてみると
本人は不整脈でなければ通勤災害と認められるものだと勘違いをして意識消失の原因を別途治療中の貧血に求めているし、 加えて主治医の意見書には 「不整脈発作によって意識消失をきたした可能性は否定できない」と書かれていることから、原処分庁である監督署においても本件は不整脈による意識消失が発生したものとして、 通勤災害ではないという予断があったのではないだろうか。
不整脈について調べてみると、多様な症状が見られ、 失神をきたす不整脈についても報告されているが、不整脈のパターンによって命に関わる危険なもの (致死性不整脈)と、そうでないものがあり、失神をきたす不整脈は前者に含まれるようである。
本件の被災者の場合、いずれの不整脈であったかは、「心室性期外収縮」という言葉がヒントになる。
この字句が示されているのは主治医意見書であり、「心室性期外収縮が頻発しており」と、1日分の心電図検査の結果が示されている。 いかにも異常があるかのように見え、危険な印象もあるが、不整脈の一般向け解説を読むと「期外収縮はそれを感じない人の方が多いのですが、のどや胸の不快感や動悸、またはキュッとしたごく短い時間の痛みとして感じる人もいます。 期外収縮が連続して出現したときは一時的に血圧が下がり、めまいや動悸がすることもあります。」 と記載されている。被災者は「数歩歩いたところで気がついたら転倒していた」 ということだから、不整脈が連続したために意識消失にいたった、という状況ではないように思われる。
血管迷走神経性失神が最もあり得る
本件について、労災保険審査官は、
- クリニック医師は、 不整脈と意識消失との因果関係は不明であると所見している
- 地方労災医員は、 意識消失発作と不整脈、 貧血等の既存疾患との間の相当因果関係は認めがたいと所見している
これらから、 原処分は 「不整脈と意識消失の可能性は否定できない」という程度で、医学的根拠に乏しいことから原処分庁の主張は採用できない。
さらに、 通勤電車が大変混雑する路線であり、 長時間通勤である点から血管迷走神経性失神の可能性が最も大きい、 という地方労災医員の意見に則り、人混みの中で長時間起立の姿勢を保っていた被災者が意識を消失したのは満員電車で通勤をする誰もが抱える危険が具体化したものである、と判断した。
この事件における審査官は、 予断にとらわれることなく、 正しく事故と疾患を分析し、 原処分を取り消したのである。 基礎疾患を持っているから通勤災害にはならないという思い込みを捨て、病態や事故の状況を客観的に判断することが重要である。
関西労災職業病2018年2月485号