通勤災害の認定について(15)通勤途上の暴力
「歩きスマホは危険です」というポスター を鉄道駅構内でよく見かけるようになり、 駅アナウンスでも携帯端末のゲーム機能に夢中になるな、との啓発放送を繰り返して いる。
前をよく見ずに移動することで転倒や他の乗客との衝突などの危険があり、実際に発生しているのかもしれない。試みに前方からやってくる歩きスマホ通勤・通学 者を避けずに進んでみると、中高生は直前 にスッと避けるものの、中高年になるほど 避け幅が狭く、やはりぶつかってしまう。
ぶつかっても大抵は互いに謝罪をして済むが、重要な作業をしながら歩いている通勤 者もいるから、執拗に抗議を受けることも あるだろう。通勤途上で無用なトラブルに 巻き込まれる可能性も高まっており、暴力を振るわれる、あるいは振るうことになるかもしれない。連載の最終回は、通勤途上に被った暴力による負傷が通勤災害と認められるかどうか考えてみたい。
通勤途中に暴行を受けてケガをするケースは審査請求事案で 1 件、再審査請求で 1 件見られ、それぞれ不支給とした原処分が 取り消され、通勤災害として認められている。
事例(1)自動販売機トラブル
被災者は会社への通勤途上において通勤経路上にある自動販売機で飲料水を購入しようとしたところ、自動販売機の前に人がいたために後ろで待機していた。しかし、この人が購入する様子がないため、 軽く会釈し、先に購入したところ、突然に 何の前触れもなしに一方的に暴行を受け負傷した。
この事案について、原処分庁である監督署は、
- 自動販売機で飲料水の購入することに伴うトラブルであるため、通勤途中の「ささいな行為」中の災害とは認められない。
- 被災者が割り込んで飲料水を購入したと誤解されるような、暴力行為を誘発する過失がある、
という理由で不支給と判断している。
この判断は、
1.については「労働者が通勤の途中において、経路の近くにある公衆便所を使用する場合、帰路に経路の近くにある公園で短時間休息する場合や、経路上の店でタバコ、雑誌等を購入する場合、駅構内でジュースの立ち飲みをする場合、路上の店で渇をいやすためごく短時間、お茶、ビール等を飲む場合 ・・・ のように労働者が通常通勤の途中で行うようなささいな行為を行う場合には、逸脱、中断として取り扱わないこととなる」と解説されているように、明らかに誤りである。
2.で言うところの横入りについては、仮に加害者の勘違いを誘発するようなものであっても、被災者の過失だという理由で通勤災害としての性格が失われるとは到底いえない。すでに連載を通じて学習してきたとおり、法律違反や私有地を横切るなど「あなたが悪い」 と非難されるようなケースであっても通勤災害として認められるのであるから、本件で被災者の過失が問われることはないと考える。
本件に対し、審査官は、「請求人が通勤途上の些細な行為中に他人の故意に基づく暴行を受けたものであり、当該暴行には自招行為及び私的怨恨は認められないため、 通勤によるものと判断すべき」として取り消している。妥当な判断である。
しかし、このケースは「ささいな行為」 中の出来事であるが、次に紹介するケース は、トラブルになって加害者から「ちょっと顔貸せや」と言われ、人気のないところまでついて行った挙句に暴行を受けたとい う事例である。
事例(2)自転車接触で「ちょっとこいや」トラブル
被災者は紳士服店・店長で、出勤途中に自転車に乗った男と接触したことを契機として、この男から暴行を受け負傷した。被災者は「加害者の乗った自転車が突然舗道を斜めに進行してきた。私の前に立ちはだかるように接近してきた。私はとっさに身体をかわしたが、靴が自転車のペダルに当たった。」「そのまま駅方向に歩いた が、加害者が『おい待て。何当ててんねん。 当てといて、何で何も言わんのや』と因縁 をつけ、からんできた」「加害者が、『ちょっとこっち来い、ここは表通りやから裏に来 い』と言い、後方の舗道上に移動」した。
加害者について行った背景については「最初に口論していた場所から後方に移動した 際、加害者について行ったが、話が終わらないと、しつこくついてくることが予想さ れたので、それに対処するためついて行った。加害者に捕まれていたわけではなく、 自分からついて行った。行きたくなかったが、行かざるを得ない状況であった」と述べている。
加害者の申述では、被災者が「知らん顔をして通り過ぎていったから、俺が呼び止めたら、請求人がこっちに来て、俺に食ってかかってきたので、口論になった」「道の真ん中でやったら他人様に迷惑がかかるから、人気のない所へ連れ込んだろうと思って、『お前、ちょっとこっちへ来い。』 と言うたら、請求人はその場に来た。だから、その場でやったったんや。」とフルに関西弁で書かれているので、字面だけなぞると被害者には全く非がなさそうに見える。しかし監督署は冷静に、被災者が本来向かうべき駅とは反対方向に向かって 「ちょっとこっち来い」と言われてついて行ったことを、逸脱・中断と判断したようである。どう見ても危なっかしい関西弁の おっさんにわざわざついて行くことも、自招行為と判断されるかもしれない。事例1 との相違が明らかであるが、審査会は以下 のように判断し、原処分を取り消した。
まず、通勤途上の暴力については、一般に、通勤途中において歩行者と自転車とが 接触することは通常見られる事故であり、 本件において、加害者が乗った自転車と歩いていた被災者が接触しそうになったトラ ブルも通勤に内在する危険が具体化したものと認めたうえ、被災者がトラブルを解決しようとする過程において、加害者から一方的に暴力を受けたものであるとしている。
多少の移動はあったものの、通勤途中のトラブルとその解決までが通勤の一端として捉えられているのである。
そして「本件災害時においても引き続き通勤途上にあったものと認められ、しかも本件災害は通勤に通常伴う危険の具体化したものと認められる」という。
自ら加害者について行ったことも「挑発行為や恣意的行為により自ら招いたものとは認められず」と判断されている。
冒頭に述べたような、歩きスマホなどによる接触事故に起因するこの種のトラブルは増加するかもしれない。トラブルを解決するべく暴力を振るって逆にケガをするケースも出てくる可能性もあり、通勤に内在する危険の幅も拡がっていくのではないだろうか。法文上の1条にすぎない通勤災害について、1 年以上連載することができたが、これからも議論するべき事案があれば紹介していく予定である。(連載了)
関西労災職業病2018年3月486号