通勤災害の認定について(12)遠回りは非合理か

(再)審査請求事案から

前回まで一通り、テキスト通りの議論を行ってきた。取り上げてきた事例もリーディングケースとして数十年にわたって参照され続けているものばかりである。しかし、事件というものは 1 件 1 件すべて異なる背景を持つため、過去の事案を紐解けば必ず解が出る、というわけではない。そのため、今回からしばらくはここ数年の審査請求、再審査請求事案を紹介していきたい。

遠回りをしても合理的な経路になりうるか

1 事案の概要及び経過

請求人は、業務終了後、自己所有の原動機付き自転車(以下「原付バイク」という。)で通学先の定時制高校に向かう途中、銀行に立ち寄りATMで現金を引き出した後に交差点を走行中、右折信号を出して停止していた対向車が急に右折し、同車を避けようと急ブレーキをかけたため転倒負傷した。請求人は通勤途中での災害により負傷したとして、監督署長に対し、療養給付及び休業給付の請求をしたところ、監督署長は通勤災害とは認められないとして支給しない旨の処分を行った。

2 原処分庁(監督署)の意見

監督署が不支給処分を下した理由を見ていこう。

ア 合理的な経路とはいえないこと

「請求人は出金のために銀行に寄るまでに取った経路、銀行に寄った後に就学している高等学校定時制課程に通学するために取った経路が通学しない場合においても通勤(退勤)経路であると主張するが、その距離は約1㎞で、距離を優先し普通に取る経路の距離 500 mの倍であり、明らかに遠回りしているものといえる」。
本来取るべき「合理的経路」は字句通りに考えると 500m のところ、事故時の経路は 1km、つまり倍の距離になるため、合理性に欠くというのである。

イ 請求人が災害にあったのは、逸脱中であること

銀行に寄ってATMで現金を引き出す、という行為は逸脱中であるため、本来取りうる経路に戻るまでに事故が発生しても、逸脱中の事故であり、通勤災害として認められないと判示した。不支給の判断をするうえで、前述の「ア」で十分であるところ、念入りに 1 項目を加えている。

ウ ささいな行為とはいえないこと

銀行で現金を引き出すことは「日常生活上必要な行為」ではあっても、「ささいな行為」ではない、と判断しているが、ここまで来るとさすがにくどい。すでに学習したように、「ささいな行為」はトイレやお茶を買ったり雑誌を買ったりということ、ちょっと立ち止まって休憩といったようなものである。一方「日常生活上必要な行為」は、買い物をしたり、職業訓練を受けたり、束の間で終了するようなものではないが、生きていくうえで必ず行うような、文字通り「日常生活」において「必要な行為」である。今はコンビニでも ATM があるくらいだから、銀行に入るということと、スーパーやコンビニに入ることとが同義ととらえられることは理屈の上でも合理的だといえよう。

3 審査官の判断

さて、上記のとおり原処分庁の判断では基本的には「合理的な経路から逸脱しているため」という点を軸に、その他 2 点を補助的に論じている。そのため、合理的な経路だったということが認められれば通勤災害となる。結論から先に述べると、審査官は銀行に寄ったことも合理的経路である、と判断し、原処分を取り消した。その全文を見てみよう。

「被災者が自宅と会社との交通手段として、自己所有の原付バイクを使用したことについては、合理的な方法であったと認められる。帰宅途中において、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育を受ける行為、また、当日銀行に寄り現金を下ろした行為については、『日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のもの』に該当し、本件災害が通勤災害と認められるためには、銀行に寄り現金を下ろした後、合理的な経路に復した後の災害であると認められる必要がある。

通勤経路としての合理的な経路は必ずしも1つに限られるものではなく、距離のほか、道路事情等諸般の事情を考慮して合理的に考えるべきであり、複数の経路があるのは当然である。これを本件についてみると、出勤経路は南幹線を使用し、退勤経路は北街道を使用している。退勤経路の北街道を直進した場合は 400 m出勤経路より短いが、著しく遠回りとならなければ合理的な経路と認められ、これはどちらも合理的な経路と認められる。

次に、退勤途中の○交差点から北街道あるいは新北街道を通る経路はB地点まで 500 mあるいは 600 mであり、停車することなく原付バイクの法定速度(30㎞/ h)で移動すると、所要時間は 1 分あるいは1分 12 秒である。請求人が通った経路は、距離1km、所要時間は2分12秒であり、請求人が旧北街道を通らない理由は、信号待ちで渋滞している場合が多く、バスも通っていてバスの間から人が出てきて危ない、また、新北街道を通らない理由は、片側2車線で車がスピードを出して走るので、原付バイクでは危険なためと述べている。
監督署長は請求人の通った経路が、普通に通る経路の距離 500 mの倍であり明らかに遠回りしていると述べているが、請求人が通らない理由は上記のとおり渋滞や危険である旨を述べており、500 mと1kmの差は時間でいえば1分と2分の距離である。この距離を、著しく遠回りとなる経路とはいえず合理的な経路であると判断できる。」

簡 単 に 言 う と、500m の 通 勤 距 離 が1km になったところで、時間にすれば 1分違いに過ぎない。距離だけで判断してはいけない、と結論付けているのである。また、道路事情についても述べられており、被災者のとった通勤経路の合理性を補完している。

冒頭にも述べたように、一つ一つの事案はすべて背景が異なる。個別の事案から演繹的に答えを導くことはたいへん困難であるが、事案を丁寧に見直すトレーニングだと思って、しばらくお付き合い願いたい。

関西労災職業病2017年11・12月483号