通勤災害の認定について(11)善意行為

善意行為で被災しても

人に親切にすることで非難されるいわれはないが、 通勤災害に関わる問題となると事情が異なる。 善意行為(救助、援助等)は、通勤と関連のない行為であって、 法7条1 項2号の「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」上の「通勤による」とは、通勤に通常伴う危険が具体化した場合をいうとされている以上、 善意行為中に発生した災害は通勤災害とは言えない。

具体的な事例としては、 以下の事案があげられる。
被災労働者は、 会社に出勤するために乗用車で自宅を出たところ、 隣家に居住している同僚が、 路上で車のエンジンが始動せず困っている場面に遭遇。 同僚の車を引っ張るため、 牽引綱を掛け運転席から顔を出し、後方を見ながら運転をしていたところ、牽引綱が外れて顔面にあたり負傷したものであるが、 同僚の運行不能車救助に伴う災害は通勤と関係のない善意行為中に発生したものであって、 通勤との間に相当因果関係を認めることができないとして、 通勤災害として認められなかった。

通勤と関係のない救助作業は、 「通勤を継続するうえで必要かつ合理的な行為であるとはいえない」 と判断したこのケースだけ見ると、親切で行った行為や人助けが徒になるということになる。

最近はキャリーバッグを運んでいる人や、 大きなトランクを抱えた訪日客を目にすることが増えたが、駅の階段などで苦労しているところを見かねて手をさしのべてしまうことは、「通勤を継続する上で必要」 ではないために、足をくじいたり腰を痛めたりするような災害が発生しても通勤災害として認められないということになる。

ならば木石のごとく路上で困っている人を見捨てて通勤に集中するべきだろうか。これに対しては、 別の事案から考えてみたい。

通勤のため必要かつ合理的か

被災労働者は、 通常の通勤経路を乗用車で出勤する途中、 前方の乗用車が道路の中央で、 後部車輪が雪に埋まって動けなくなっているので、 追い越して進行することができず、また、代替する道もないので車から降りて、前車を救助することとなった。そこで、前車に乗っていた男性二人とともに、 その車の後部バンパーに手を掛けて持ち上げたところ、 右下腿のアキレス腱を痛めたものである。

この事案は、前述の事案同様、車で通勤途中に別の車が抱える運航不能トラブルを目の当たりにし、 善意で救助をしたことが発端となって災害が生じてしまった点で類似している。

しかし後者については、除雪により狭くなっている道を運航不能車がさえぎっているため、通行が不可能となったこと及びほかに代替する経路もなかったということから、 通勤を継続するためには、 当然進行の妨げとなっている運航不能車を救助しなければならなかったと考えられる。 したがって、当該労働者の行為を単に善意に基づく行為と解すべきではなく、 むしろ通勤に伴う合理的な行為と解するのが妥当である。

として、通勤災害と認められている。これらから考えられることは、 単なる親切で行う善意行為は通勤の一貫として認められないが、 進行の妨げを解消するために手助けを行ったときに認められることである。

被災労働者は、出勤のため、自転車で自宅を出て駅へ向かおうとしたところ、 隣家前の路地(道幅1.3m位)の中央にオートバイが置いてあったため通行できないので、自転車から降りて、オートバイを道端に移動しようとしたところ、 左足首を負傷した。

この事案については、 通勤経路上に通行の妨げになる障害物があれば、 これを除去しようとする行為は、通勤を継続するうえで、必要かつ合理的な行為で有り、その行為に伴って発生した負傷は、 通勤との間に相当因果関係を認めることができるので、通勤による災害に該当する、と認められている。善意行為も同じように考えることができるだろう。

咄嗟の反射的行動は認める

しかし、線路に転落した人を助けようとして線路内に降りたところ、 進入してきた列車にはねられて死亡した事件では、 被災者の行為について通勤を継続するうえで必要かつ合理的なものであったかは問われず、「咄嗟の反射的な行動」であるとして通勤災害と認められた。 このケースを含めて考えると、 善意行為であっても通勤の一貫として認められる幅は案外広い。

関西労災職業病2017年9月481号