通勤災害の認定について(7)単身赴任者住居と自宅の移動
単身赴任はつらいよ
毎年3月の中旬になると「転勤の内示を受けたのだが、なんとか回避できないか」という相談が入る。
彼らの背景事情を聞いてみると、子供が生まれてママ友ができた妻が転勤先に同行したくない、子供が学齢期であって転校をさせたくない、子供にかかる手は離れたが、今すんでいる場所に愛着があるから離れたくない、妻も仕事をしているから赴任先に付いてきてくれないと、「家族が付いて来てくれない」という理由が大半を占める。
それでは赴任先で楽しく過ごすしかないと助言をするが、もともとその腹積もりの人は相談には来ない。相談に来られる方は、たいていは真面目な性格で、週末には家族の元に帰ろうとする。中には、松本さん(仮名)のように、夜行バス回数券を使って毎週金曜日の晩に家族の元に向かい、日曜日の晩に子供たちを寝かしつけてから25時のバスで赴任先に戻るという猛者もいる。往復旅費は新幹線代が支給されるそうだが、 旅費を節約した分もきっと家族と過ごすために使うのだろう。
そこで今回は、 頑張る一家の大黒柱が単身赴任先から家族の元に帰るとき、 また家族の元を離れて赴任先に戻るときに発生した災害が通勤災害として認められるかどうか考えてみよう。
単身赴任者の「通勤」
まずは条文 (労働者災害補償保険法7 条2)によると、通勤とは、「住居と就業の場所との間の往復」であるが、 この「往復」 に先行し、 又は後続する住居間の移動も通勤として認められる。文字にするとわかりにくいが、 図解すると下図のようになり、矢印がすべて通勤として認められる。
仮に 「住居と就業の場所との間の往復」に限ってしまうと、 家族の住む家と赴任先で用意されたアパートとの間の移動が同法上通勤ではなくなってしまう。 もっとも、「先行し、又は後続する住居間の移動」という文言が加えられたのは平成18年で、わずか11年前の出来事である。
単身赴任は昭和の時代からあったと思うが、平成3年になってはじめて、単身赴任者が週末に勤務を終えて、 赴任先である就業の場所から家族の住む自宅に帰り、 週初めに自宅から就業の場所へ出勤するという、「土帰月来型行為」又は「金帰月来型行為」と呼ばれる単身赴任者の移動が通勤として認められるか否かの基準を明確化している。
一見風雅なこの文字列は、単に「土曜日、あるいは金曜日に家族の待つ自宅に帰り、 月曜日にその自宅から会社に向かう」 という意味である。
その意味のとおり、 単身赴任者が主として休日を利用して週末等に勤務を終えてからそのまま家族の待つ帰省先住居に帰り、週初めに帰省先住居から直接勤務先に向かうことを想定しており、 帰省先住居と赴任先住居の間の往復は含まれていなかった。
その往復は「逸脱・中断」扱いされ、「日用品の購入その他これに準ずる行為をやむを得ない事由により最小限度のものを行うために」 赴任先住居に立ち寄る程度が認められていたに過ぎず、 服を着替えるとか、 たまった洗濯物を家人に洗ってもらうために頭陀袋に入れるとか、 そのような些細な行為のためのごく短時間に限られていたのである。
さらに当時は、 ①就業の場所と自宅との間の往復に、原則として、毎週1回以上の反復・継続性が認められること、②就業の場所と自宅との間の所要時間及び距離は、原則として、片道3時間以内及び200キロメートル以内であること、 という非常に厳しい要件を二つも設けていた。
冒頭の松本さんの場合、 毎週律儀に帰宅しているため①は満たしているものの、 その移動はバスで4時間30分かかるため、仮に移動中の事故や着替えのために赴任先住居に寄る際に事故が発生した場合、 労災保険の通勤災害保護制度の対象外になってしまっていたであろう。
また 「単身赴任者等の家族の住む自宅と就業の場所とを定期的に直行直帰する形態が一般的である」 という認識が当時はあったらしく、 「土曜日は赴任先近辺でゴルフだから、 日曜日に自宅に顔を出して一泊してから出勤」という形態は許されなかった。
平成18年改正でやっとこさ
このような単身赴任者にとって苦難の時代が長く続いていたが、 平成18年の法改正では次のようになった。
- 帰省に関して、 おおむね月に一回くらいの反復継続性が求められる
- 住居間の移動について、
(1) 帰省先住居から赴任先住居へ移動する場合 (家族の元から赴任先へ戻る)当該移動が業務に就く当日又は前日に行われた場合は、 就業との関連性が認められる。
(2) 赴任先住居から帰省先住居へ移動する場合 (仕事を終えて自宅に帰る)当該移動が業務に従事した当日又はその翌日に行われた場合は、 就業との関連性が認められる。
つまり、 移動時間や距離の要件がなくなり、さらに「明日からまた仕事だから、早めに向こうに戻るよ」 と余裕をもって自宅を離れることができるようになったのである。
関西労災職業病2017年4月476号
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