通勤災害の認定について(4)寝坊と通勤災害
遅刻の取扱い通達
前回まで「就業に関し」について集中して学習してきたところなのでお分かりになると思うが、寝坊などで遅刻をした場合でも、仕事をするために会社に行くのだから、その移動は通勤である。
遅刻についても通達で触れられていて、平成18年の通達によると、「出勤の就業との関連性についてであるが、所定の就業日に所定の就業開始時刻を目処に住居を出て就業の場所へ向かう場合は、寝過ごしによる遅刻、あるいはラッシュを避けるための早出等、 時刻的に若干の前後があっても就業との関連性があることはもちろんである」と書かれている。
ここでは「若干の前後」と解説されており、また各労働局のウェブサイト上の解説には「ある程度の前後」という表現が使われている。そこで、まずはどれくらいの時間が「若干」にあたるのか考えてみよう。前回は「密接」について検討したところ、思いの外幅があることが分かった。「若干」も同様に、 あるいは密接以上に幅を持っていると考えて差し支えないだろう。
早出の場合の事例
事例として紹介できるものは、
- 就業開始前に労働組合の集会に参加するため、 通常の出勤時刻より早く会社へ向かう途中の災害
被災労働者は、 事故当日午後4時30 分からの勤務となっていたが、 労働組合のスト決起集会に参加し、当該集会が終了した後直ちに勤務する目的で、 いつもより1時間30分くらい早く家からバイクで出発、 通常の経路を走行中に転倒し、 負傷したところ、 通常の出勤時刻より1時間30分早く住居を出た行為は社会通念上就業との関連性を失わせると認められるほど所定就業開始時刻とかけ離れた時刻に行われたものとは言えないとして、 通勤災害が認められた。 - 路面凍結を予想して、 通常の出勤時刻とかけ離れた時刻に出勤する途中の災害
被災労働者は、 災害発生当日の前日から雪模様の天候であったため、 翌朝の積雪や路面の凍結を避けるべく、 所定の始業開始時刻から8時間早い午前0時に自宅を出発し、 事業場に向かう途中で事故に遭い負傷したが、 所定の始業時刻と著しくかけ離れた時刻に出勤することは、社会通念上、就業と関連性が失われるものとされて通勤災害と認められなかった。
の2例であり、2例とも早出のケースである。
前後なので早出の限界が遅刻の限界と考えると、始業時刻の前後1時間30分の出勤であれば通勤で、8時間は通勤ではないということになるが、始業時刻8時間後はほとんど退勤時刻なので参考にはならない。
ここは「密接」同様2時間程度と考えることが適当ではないだろうか。もっとも2時間を超えると就業との関連性が失われるとは思われない。休日と勘違いして寝過ごしてしまったときのような、 家を出て会社に着くまでに行う就業と関連性のない活動や行動が途中にない場合は、2時間を超えても認められるだろう。
予定された方法でない通勤
遅刻の場合は、「就業に関し」以外にも、同じ条文中に書かれている 「合理的な経路および方法」 の範囲を考えなくてはならないときもある。 少しでも早く会社に到着できるように、普段利用しない交通手段を利用することもありうるためである。そこで次のようなケースを考えてみよう。
通常は公共交通機関を用いて通勤し、通勤定期券も会社から支給されている労働者が、遅刻してしまったため、あるいは遅刻しないように自家用車を用いて会社に向かう途中で事故に遭い負傷するようなケースは、 通勤災害として認められるだろうか。 また、通勤経路を定期代の支給に伴い、あらかじめ各従業員の通勤経路を決定している会社もあるかもしれない。 会社の決めた経路に逆らって通勤を行った際に発生した負傷は通勤災害として認められるだろうか。
このような場合に、通常の通勤手段や定められた経路ではないため、 合理的な経路や方法から逸脱すると考えるのは誤りである。
通勤は「合理的な経路及び方法」で行われなくてはならないとしても、それが「最も合理的な経路及び方法」 に限られているのではない。そのため、経路や手段が複数あることが考えられる。 また、 その時々の事情や特別な理由があれば、 迂回したり、別の交通手段を利用したりすることもあるだろう。最近であれば、多少時間がかかっても通勤にクロスバイクなどの自転車を利用する人もいる。 自転車の場合、 所要時間だけではなく、 移動を継続するために信号待ちを避けて経路の転換が頻繁に行われることを考えると、 同一の経路を常に利用するとは限らないが、 これらが「合理的な経路及び方法」から除外されることはない。
いずれにせよ、寝坊したあなたが悪いのでしょう、と遅刻について会社の上司や同僚に責められることはあっても、寝坊したから通勤災害として認めない、ということにはならないのである。
関西労災職業病2017年1月473号