通勤災害の認定について(2)会社を出る前の飲酒
前回は通勤から逸脱しない範囲の通勤途上飲酒について述べた。今回は、帰宅する前に会社で飲んでしまったケースを考えてみよう。
「打ち上げ」で飲酒後、退勤途上交通事故
ワイン販売専門店で販売員として働いていたAさんは、特別企画であるヨーロッパワインフェアの終了後、社長の指示を受けて、売り上げ目標達成の慰労と、これから販売に力を入れていく予定のワインの試飲を兼ねた、ささやかな打ち上げを店内で開催した。販売用の酒やつまみで楽しみながら次の販売戦略を同僚らと練るのである。そしていつものように自転車で帰宅する途中、狭い路上で猛スピードで突っ込んできた対向車を避けた際に転倒、肋骨を折るケガをしてしまう。
翌日、Aさんは職場に帰宅途中で事故にあったことを報告し、骨折の治療のために労災保険の手続きをしてほしいと申し入れた。 しかし、Aさんの申入れに対して会社が難色を示す。会社がAさんに伝えたことは次の二つである。
労災申し出に会社が難色
一つ目は、 仕事は20時30分で終了しており、 Aさんが職場を離れた21時30 分まで打ち上げが行われていた。打ち上げは仕事ではないから、 その帰りにケガをしても労災保険を使うことが出来ない、ということ。
二つ目は、Aさんはお酒を飲んだのに自転車に乗って帰った。飲酒運転は法律違反であるから、法律違反をしてケガをしたのであれば労災保険を使うことが出来ない。
そんなわけで、Aさんには気の毒だけど健康保険を使って自分で治療費を払ってくださいな、と言われたそうである。
これを聞いたAさんは、「…と会社に言われたのですが、 本当に労災保険は使えないのでしょうか」と、安全センターを訪ねてきた。そこで今回は、会社が打ち上げは業務にならない、と判断したことについて妥当かどうか考えてみよう。
「就業に関し」の範囲
労災保険法の条文(7条2項)から、「就業に関し」 ているかどうかがポイントになる。どのような場合に認められるか過去の裁判例を紐解いてみると、2007年の東京地裁判決で次のような事例がある。
勤務先の会社内で開かれた飲み会に出席後、 帰宅途中に地下鉄の駅の階段で転落死した被災者に対して労働基準監督署が遺族補償などを不支給処分にした事件で、裁判所は、「酒類を伴う会合でも、 被災者にとっては懇親会と異なり、 部下から意見や要望を聞く場であって出席は職務」 と判断し、監督署の処分を取り消す判決を下した。
この判決自体は高等裁判所でひっくり返されてしまうのであるが、 それでも高裁は 「業務性のある会合は被災者の退社の約3時間前には終わった」 としている。被災者の退社時刻は22時だったから、 その3時間前の19時まではビールやウイスキーが供与されたとしても 「業務性のある会合」 であったと認めているのである。
被災者にとっての「業務性」
注意するべき点は、 会合や宴席そのものの業務性が認められたのではなく、 被災者にとって業務であったか、 という判断をしたことだろうか。
この事件の被災者は、 会合の主催者であり、 料理やアルコールの調達を統括している。 一審でも認められているように、社員の忌憚のない意見を聞く場として社内でも位置付けられていることも含め、その会合が「被災者にとって」参加せざるを得ない性格のものであれば業務性が認められると言えよう。
Aさんの事案については、 名目上は打ち上げという慰労会であっても、 上司の命令で企画し、当然自分も参加せざるを得ない状態にある。また、商品知識の習得は酒類販売上欠かせない。 同僚の好みや感想から顧客にどのように商品を勧めることができるか一緒に検討する機会にもなるだろう。
会社の主張する、帰る前に酒を飲んだから労災はダメ、 というのはあまりに短絡的であり、なぜ会社で飲酒をすることになったのかということや、その飲酒機会の性格から判断しなくてはならない。
会社が労災請求を拒む2つ目の理由であるAさんが犯した法律違反については、第3回以降、 どこかでお話できればと考えている。
関西労災職業病2016年10月471号