脊髄損傷被災者の敗血症による死亡事例:不支給処分を取消し、労災認定へ。再審査請求で遺族年金/大阪

業務中の転落事故でせき髄損傷となり、車いすでの生活を送っていた方が、褥瘡(じょくそう)から感染症を起こし心停止で死亡したにもかかわらず、死亡原因は不明として労災保険の遺族補償を不支給としたケースがあった。せき髄損傷患者の支援団体などによると、せき髄損傷と関連した疾病で死亡したにもかかわらず、労災保険の遺族年金が支給されないケースはしばしばあるという。

電気工事中転落し障害1級に

KWは、電気工事会社で働いていた24歳のとき、地上約5メートルの電柱上から墜落し胸髄を損傷、身体のみぞおち辺りから下が完全麻痺となった。下半身はまったく動かすことはできず、また感覚もない状態だった。労災の障害等級1級となり、障害年金の支給を受けていた。

しかし、障害を負ってからもKWさんは車いすテニスで試合に出場したり、車が好きで気に入った車種を購入し、自ら運転して外出するなど活動的な生活を送っていた。
せき髄損傷の方は、上肢の筋肉を維持していくためにも、腕が動く限り電動車いすは使用せずに上肢で車いすを操る。ベッドから起き上がるのにも腕を使うし、車いすへの移動にも腕を駆使する。それができなくなると、外出しなくなる方が多いということだ。

KWさんは40歳を過ぎたころ、肩の調子を悪くしてから、徐々に身体の状態が悪くなることになる。
腕が使えないと実は便器に移ることができずに、トイレも使用することができなくなる。結果として自主的な排便ができなくなっていき、人工肛門をつける手術を受けた。しかしその後感染症を起こすなどして、大腸の半分を摘出する手術も受けた。心肺停止に陥って、ICUに入ったこともあり、45歳ごろには3回くらい死にかけたそうである。その後、回復に向かったが、左坐骨部に大きな褥瘡ができた。元気なときは褥瘡ができても治っていたが、その後はこの褥瘡に苦しめられることになる。治療の過程で車いすテニスも医師に止められた。

褥瘡に苦しめられ

46歳以降、皮弁手術を受けるなどしたが褥瘡が治癒せず、52歳の2011年3月に太ももの皮膚を移植した。しかし、8月ごろに移植した肉は落ち、緊急で入院することになった。以前にMRSA(*メチシリン耐性黄色ブドウ球菌、種々の抗生物質が効かなくなった多剤耐性の黄色ブドウ球菌)に感染していたため隔離病棟で治療を受けた。症状が安定してからは本人が自宅に帰りたがったこともあり、9月末に退院した。妻のKYさんが介護福祉士であったので、自宅でも褥瘡の洗浄などのケアが可能であったため、退院が許可された。

自宅に戻ってからは落ち着いていたが、しばらくして熱が出るようになり、10月15日ごろには39度、20日ごろには40度になったうえ、褥瘡の骨膜から出血するようになったので、KYさんは病院に電話をして担当医師に状態を話して相談している。

26日、27日は病院で診察を受けて入院させてくれるように頼んだが、MRSAに対応できる病室が空いていなかったことなどから入院することができなかった。11月1日にも解熱剤の座薬を使用して熱を下げて、それでも38度の高熱であったが、KYさんは入院用の荷物も用意して病院に連れて行った。しかし医師は「病室が空き次第、入院しましょう」とは言うが、その場では受け入れてくれず、その日も自宅に連れ帰っている。解熱剤が切れると熱は40度を超え、時々目を覚まして言葉を発するが、意識があるのかないのかよく分からない反応だった。KYさんは熱が少しでも下がることを祈りながら、病室が空いたとの病院からの連絡を待っていた。11月2日の深夜、時々呼吸が止まるようになる。

日付が変わった2時30分ごろ、亙さんの呼吸が止まり、KYさんは救急車を呼んだが、搬送先の千里救命救急センターで亡くなった。

まさかの不支給処分

生前、KWさんは「俺が死んだら遺族年金がもらえるから」と何度か口にし、世話をしてくれている妻のKYさんに補償を受け取ってほしいと願っていた。KYさんは管轄の北大阪労働基準監督署に労災の遺族年金と葬祭料を請求したが、まさかの不支給決定処分となった。
KYさんは2011年11月17日に、北大阪労働基準監督署に労災保険の遺族補償年金と葬祭料の請求を行なった。不支給決定通知は2012年3月21日付けでなされ、4月9日、審査請求し、大阪労働者災害補償保険審査官の判断は棄却、そして8月12日に労働保険審査会へ再審査請求を行なった。
KWさんは脊髄損傷者連合会の大阪府支部に所属しており、その関連で福岡県支部で多くの患者の相談にのっている織田晋平さんを知り、織田さんの紹介で由美子さんは安全センターに連絡をしてきた。

労災医員の間違い

KWさんの関連資料を見て、私たちは驚いた。
「死体検案証明書」には、
「死亡の原因 
a 直接死因 虚血性心疾患
/b aの原因 左臀部褥瘡(2次感染)
/c bの原因 敗血症
/d 直接には死因に関係しないが傷病経過に影響を及ぼした傷病名 労作性狭心症(ステント装着)」
と記載されている。
これを作成した警察医は、KWさんの左磐部褥瘡の創面を確認し、妻のKYさんに死亡前の状態を聞き取りした上で、このように判断していた。

労働省(当時)は1993年(平成5年)10月28日に「せき髄損傷に併発した疾病の取り扱いについて」(基発616号)という通達を出している。
労災医療専門家会議の小委員会で検討した結論を通達にまとめて、今後の取り扱いを各労働基準監督署に指示したものだ。その中で慢性期の併発疾病を
①せき髄損傷と併発疾病との間に因果関係が認められるもの
②せき髄損傷と併発疾病との間の因果関係が不明確なもの
③せき髄損傷と併発疾病との問に因果関係が認められないもの
の3つに分類し、①の因果関係が認められるものとして25の疾病をあげている。

その1番目は「褥瘡」で、「感染症(骨髄炎、化膿性関節炎、敗血症)」も入っている。
当然、労働基準監督署はこの通達にしたがって、因果関係を判断することになり、亙さんのこれまでの病歴でMRSA感染があったこと、直前の発熱などの全身症状などから判断すれば、警察医のように、感染症から敗血症を起こして心停止に至ったと考えるのが自然だろう。

しかし、労働基準監督署の判断は不支給である。
なぜこのような判断にいたったのか見てみると、その根拠は労働基準監督署が相談した地方労災医員の意見にあった。
志水洋二医師は、「受傷時の傷病名と虚血性心疾患の因果関係は認められない」と返答した。「労作性狭心症」でステント留置をうけていることから虚血性心疾患による死亡と推測したことによる。
しかし、上記のように、虚血性心疾患の原因は敗血症で、そしてそれを起こした原因は褥瘡であるので志水医師の読み間違いであった。その後、監督署は消防署に救急活動時の状況を照会し、KYさんには電話で「労作性狭心症」とKWさんの生活習慣や食生活ついて聴取している。KWさんは2009年に狭心症でステントを入れる手術を受けていた。

しかし経過は良好であったし、食生活についても下半身麻痺のために空腹を感じないので、時間が来たら食事をしている状態で、また褥瘡治療でここ2年ぐらいは熱をよく出すようになり、食事はあまり取らなくなったと由美子さんは答えている。

監督署は志水医師に追加した調査の内容を示したうえで、再度、医学的因果関係はあるかどうかの教示を求めた。これに回答する意見書は、「本件は胸髄損傷で自宅療養中の被災者の死因不明の死亡であり、冠動脈ステント留置の既往、磐部褥瘡感染の繰り返しが認められるが、死因との関連は不明である。」となっている。これに基づいて、北大阪労働基準監督署は死因について確定できないことから因果関係が認められないとして、不支給の判断を下した。

監督署の調査不足

しかし、地方労災医員の意見だけの問題ではなく、監督署の調査にも問題があった。
労災医員に意見を求める前に、十分な資料を入手していない。
KWさんが通院していた星ヶ丘厚生年金病院の主治医らに照会をかけてはいたが、診療録を取り寄せることはしていない。また、退院してから死亡するまでの自宅での様子について、妻のKYさんの聞き取りも行っていなかった。
KWさんが以前にMRSA感染したことなどの病歴や、死亡前に高熱が続いて全身症状が悪化していたことなどをきちんと把握したうえで、労災医員に意見を求めていれば結論は違っていたかもしれない。
北大阪労働基準監督署のこの調査不足は、大きなミスである。
それでも大阪労働局での審査請求で判断を変える機会はまだあったが、これもかなわなかった。

間違いを正せない労災審査官制度

審査請求を担当した大阪労働保険審査官の岡本純一氏は、労働基準監督署の調査段階で収集されなかった資料を追加で入手している。
病院の診療録を取り寄せ、ステント装着の手術を行った循環器の医師にも照会をかけていた。妻のKYさんも審査官へ直接の申立てすることを希望したので、労働局で聴取が行われた。由美子さんはKWさんのこれまでの褥瘡の治療や細菌感染して骨髄炎を起こしていたこと、また退院してから自宅療養中の症状を説明した。

しかし、審査官は由美子さんにその時の日記などの記録提出を要請しなかった。実は、由美子さんは毎日日記をつけ、バイタルサイン(血圧、脈拍、体温、血糖値)を記録していたのである。このとき審査官は手に入れる機会を逃してしまった。

別の労災医員が再び判断誤る

審査官が地方労災員米田正太郎医師に求めた意見書は、資料から、ステントに著変がないこと、最後の入院中の血圧、脂質は比較的安定していたことをあげて、死亡リスクから排除しつつ、「しかし、血糖値は高値であり虚血性心疾患による死亡の可能性はある。」と同時に「死体検案書には敗血症の病名が記載されている。死亡前には高熱を伴っていて、褥瘡感染から敗血症をきたした可能性もある。敗血症からショックを来すこともあり、またDIC(はん種性血管内凝固症候群)を生じることもある。」としつつ結論は「以上のような死亡原因等が考えられるが被災者の臨床データが不十分であり原因を同定することは困難である。」とした。
そのような経過で、KWさんの死は労災とは関係がないとされてしまったのである。

妻の日記から再審査逆転裁決へ

由美子さんは再審査請求で不支給処分の取消裁決を勝ち取ることになるのだが、そのときに大きな役割を果たしたのが、彼女がつけていた日記である。
これまでの資料を素直に読めば因果関係は明らかであるにも関わらず、最初に原因不明と労災医員に意見されてしまったために、監督署の担当者も審査官もそれを翻すことが出来ずに来てしまったという状態を逆転させるには、新たな情報を示す必要があった。

由美子さんは血糖値について指摘されていたことから、かかりつけのクリニックの検査データと診断書を取ってきていた。それによると血糖値は良好にコントロールされていた。
感染症を起こしていたことについては、これまでの診療録などを事細かに見れば明らかであり、意見書で指摘するしかないかと考えていたところ、由美子さんとの話の中で日記をつけバイタルサインを記録していたことがわかった。介護福祉士でもある由美子さんは、バイタルサインをとり身体の状態をみて看護を行っていた。当時に記録されたものであり、亡くなる直前の亙さんの様子を示す重要なデータとなる。
再審査請求では、血糖値の検査データおよび診断書に加えて、由美子さんの日記のコピーを提出した。

結果、労働保険審査会は不支給決定を取り消した。
裁決書は、死亡1年前の診療録で褥瘡が相当に悪化し骨髄炎に進行していたこと、主治医らが「死因との因果関係は否定できない」などと意見していること、その前提として死亡6日前の採血でCRP(C反応性たんぱく:炎症反応などで現れるたんぱく質)4.85(に上昇)との記載もあったことから、「被災者が中等症以上の炎症を併発していた」ことを認めたうえで、由美子さんの日記から「死亡までの間、褥瘡や骨髄炎に対する抗生剤投与等の処置が十分に行われた様子はうかがえない。その後も直前まで発熱、呼吸ひっ迫、意識混濁の状態が続くなどの症状からみて、炎症が全身へ波及し、敗血症を来たした可能性が高いものと考えられる。」とそれを妥当な判断として、「被災者の胸髄損傷と被災者の死亡との間には、相当因果関係があると認められるというべきである。」と結論づけた。
そして2013年2月4日、労働保険審査会において取消しとの裁決が行われた。

併発疾病認定の難しさ

福岡県脊髄損傷者連合会の織田晋平さんによると、KWさんのようなケースは非常に珍しいことではなく、しばしばあるという。
亙さんの事例でも分かるように、脊髄損傷の被災者は全身や下半身麻痺の障害に加えて、治療の過程や年を経るに連れて、様々な併発疾病を伴っていくことがわかる。しかし、障害を負ってから経過が長いために、その間に併発した疾病について、それぞれ補償の請求を行わなければならないのをよく分からずに怠ってしまうことがある。また、厚労省に併発疾病と認められているものだけでも25疾病あり、発症経過や他の病気との関係も絡んで、非常に複雑な判断が必要であるために、不支給となる事例もあるということだ。

全国脊髄損傷者連合会(全脊連)九州ブロック連絡会議が作成した労災遺族年金申請についての事例表がある。
死亡病名は心筋梗塞、脳出血、肺がん、敗血症、腎不全、間質性肺炎、胃がん、多臓器不全、肝臓がんなど様々であるが、同じように思える心不全や心筋梗塞といった病名でも、支給と不支給が半々くらいである。

もちろん、脊髄損傷と無関係な病気で亡くなる場合もあるが、脊髄損傷患者の長期にわたる病歴を考えると、一見、無関係に思われるような病名であっても、ただちに関係ないと考えることはできない。そういった場合でも、労働基準監督署の窓口で、死亡の病名を見ただけで関係ないと言われて請求をあきらめてしまう遺族も多く、請求行為を行わなかった場合もあると言う。

例えば、肺炎で死亡した方の遺族年金がやはり不支給になった事例が織田さんからの資料で紹介されている。肺炎は併発する25疾病にあがっている病名である。この方もやはり褥瘡を大小5ヶ所併発しており、褥瘡から菌も出ていた。肺炎で集中治療室に入った後、MRSA菌が出たため、無菌室で治療したが最終的に肺炎で亡くなった。

明らかにMRSAによる肺炎と考えられるが、労働基準監督署、労働保険審査官の段階ではだめだった。織田さんがMRSAに感染するに至る治療経過やせき損との関係性を整理して意見を申し立てるようにアドバイスし、再審査請求で不支給処分が取消となっている。
このような事例を織田さんはいくつも経験しているという。
しかし、実際に不支給処分を受けた場合、とても患者や遺族だけでは決定を翻させるのは難しく、全脊連の織田さんのような方や労災職業病センターのサポートが必要だろう。

織田さんは、病歴が長くなるとカルテが病院に残っていない場合もあるので、カルテを保存しておくことや、普段から全ての病歴を記録しておくことを勧めている。
全国でどのくらいの方がこのような杜撰な不支給処分に苦しんでいるかは分からないが、木村さんのケースはまれなケースではないようだ。脊髄損傷者のこのような問題も、今後取り組んでいかなければならない。

関西労災職業病2013年5月433号