日韓「働き方改革」フォーラムに参加

2019年12月14日(土)龍谷大学和顔館B 201

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プロローグ

「日韓『働き方改革』フォーラム」への参加要請をメールで何度か受けたが、内容を見て引いてしまった。
先ず、参加メンバー。開会の挨拶は西谷敏大阪市立大学名誉教授、ペ・ギュンシク韓国労働研究院長。各セッションでの日本側の報告者は、第1セッション「日韓『働き方改革』の実態と問題点」は、上西充子法政大学教授、熊沢誠甲南大学名誉教授。第2セッション「公共部門の労働問題」は、上林陽治地方自治総合研究所研究員、安周永龍谷大学准教授。第3セッション「企業別労働組合を超えて」は、但馬けい子ケアーワーカーズユニオン書記長、座長は伊藤大一大阪経済大学教授。第4セッション「労働法制から見た労働時間問題」は、和田肇名古屋大学名誉教授。コメンテーターは中村和雄弁護士。閉会挨拶は和田肇名誉教授と韓国のイ・ビョンフン中央大学校教授。韓国側からの参加者もそうそうたる一流の研究者たちである。
このメンバーで、土曜日の朝の9時半から18時まで、途中50分の昼食休憩を挟んでびっしりの日程で、閉会の後は懇親会まで付いている。
「今どきこんなん、流行らんやろう」と思いながら、一応、何人かのなかまに「こんなんあるけど、行く?」と声をかけた。申し込み締め切りのギリギリまで悩んで、他人に声をかけた手前もあるし、「行くか」と決めた。
韓国からの参加者の中に、韓国労働研究院の李正煕(イ・ジョンヒ)さんがいたのが背中を押してくれた。彼女は全日建生コン支部と韓国の建設労組とが交流を始めた時に、日本に来てくれたときからの友人である。
私にこのフォーラムへの参加を熱心に呼びかけてくれた関西学院大学の横田信子教授が翻訳された文章と一緒に紹介する。

「働き方改革」は、労働政策か労働条件か

働き方改革というからには、労働者が働く環境全体に関する改革であるはずなのに、日韓両国とも、焦点が労働時間に集中されているようだ。だいたい働き方を法律で改革しようなんてこと自体が、労働の現場を理解していないのでは?議論の前に現場はとっくに改革されている。法律は後からこの現実を規制する以上のものではない。
この間の日韓の議論の流れを見ていると、日本側が政府の「労働政策」の一環としての労働時間を議論しているのに較べて、韓国側は、「労働条件」の一つである労働時間に対して、労使がしのぎを削って闘っているように見える。日韓の労働組合、特にナショナルセンターの在り方の違いが顕著に表れているようだ。
韓国の場合は2大ナショナルセンターの一つ、韓国労総が政府との対話を通じて労働時間の短縮を実現しようとしているのに対して、他の一つの民主労総は職場での闘いを重視しながら実現しようとしているようである。

文政権の労働政策を批判

韓国では朴槿恵(パク・クネ)前大統領が市民の「キャンドル革命」によって退陣に追い込まれ2017年5月に文在寅(ムン・ジェイン)政権が誕生した。政権は100項目の解決すべき課題の中で、公共部門での雇用創出や労働者の権利保護を推進する「労働尊重社会の実現」を打ち出した。
韓国・中央大学のイ・ビョンフン教授は「韓国史上初めて、国民を前面に掲げた労働政策が扱われ、期待が高まった。翌年6月の地方選挙では与党が圧勝し、さらに労働中心の政策が進むと思われたが、前年比で失業率が悪化。保守や経済界からは低調な雇用実績に攻撃が集中した」と振り返った。
この時期を境に、政権は「変質した」という。政権を支持してきた民主労総は、労働政策分野の公約69項目のうち、履行されたのは7項目で、35項目は未履行や改悪だと厳しく評価する。「一発勝負的なポピュリズム政策」だったとの批判もある。日本でも知られる文在寅大統領の選挙公約の「2020年に最低賃金1万ウォン」は、1年目は16.4%の引き上げ率だったが、2年目は10.9%。目標の20年は2.87%に急落し、結局8590ウォンに止まった。
イ・ビョンフン教授は「政権初期は民主労総や労働者階層代表との協力関係が非常に上手くいった。しかし、短期間に政策を進めたことで、関係は悪化し、労組や国民の反発を招いた。財界寄りの方向へ舵を切ってしまい、政策は後退している」と分析する。政策が適切だったとしても、実行能力が伴わなかったことを教訓とし、残りの任期での挽回を期待すると述べた。
チョ・ソンジュ前ソウル市労働協力官は「(労働政策は)率直に言って、大統領府のパフォーマンス的な側面がある。実現には立法、司法、市民社会との同意に基づいて進めなければならない。政策の実現には、速度よりも丁寧な運転が必要だ」と語った。
その上で「200万人を擁する労組が政権の公約実行を共に進めるべきだが、社会的対話が足りず、責任を果たせなかった」と述べ、労働運動や組合に対しても冷静な評価を求めた。

社会運動への挑戦始まる

韓国では近年、労働問題を広義な社会問題として捉えて市民に提起し、社会を変革する社会運動ユニオニズムも台頭してきている。
チョ・ソンジュ前ソウル市労働協力官は、女性や高齢者など「脆弱な労働者」の中でも若年層に着目し、青年ユニオンの事例を報告した。韓国の青年ユニオンは日本の地域労組などをモデルに2010年に結成された。
ケーブルテレビ局で働く青年が、劣悪な労働環境によって自死したという相談がユニオンに持ち込まれた。相手企業は、食品製造などを手掛ける大手のCJグループだ。「職場には民主労総の組合もあるが、上司のディレ
クターも組合員のため、解決できなかった。1年近くかけて証拠を集め、市民団体と共同対策委員会を作り、17年に問題提起した。
会社経営陣は遺族に謝罪し、防止策を約束した」と成果を述べた。
ユニオンと共同対策委員会はその後、ソウル市と共同で故人の名前を冠した「ハンビッ・メディア人権センター」を放送局の多いエリアに開設すると、多くの情報が持ち込まれた。チョさんは「労働環境を監視し、最低限
の協定を結ぶなど、産業内のルールを作る活動を担った」と運動の発展を評価した。
釜山国際映画祭をはじめとする数十の映画祭で、大規模な賃金未払いの横行も発覚。事件は国会でも取り上げられ、雇用労働部の特別労働官を動かした。
これまで労働者とみなされていなかったフリーランスの放送作家やパン職人、大手IT企業の開発者などが権利を主張し、労働組合を結成する流れも起きた。世界的に急速な広まりを見せているネットアプリを使った配達員もライダーユニオンを結成し、「猛暑手当」を要求している。
チョ・ソンジュさんは「使用者が特定されていない業種が増え、法制度の整理のためにも議論が必要だ。脆弱労働者は新たに増えていく。積極的な運動が必要であり、とりわけセーフティーネットづくりが緊急の問題」と指摘した。将来は政府、市民との社会的対話を経て産別の労働協約に発展させたいという。
その上で、青年が労働者であると自認し、組合を通じて権利を勝ち取るプロセスに可能性があると強調した。「企業別組合が多いが、同じ産業や職業全体のためだというメッセージを発信することで、労働運動への市民の賛同を得られる。新しい流れだ」と胸を張った。

国会パブリックビューイング

「働き方改革」を議論する場にも拘わらず、一日中びっしり、息つく間もなく続いた会議の中で、私が興味をそそられたのは、法政大学の上西充子教授の、「働き方改革の国会審議を振り返って」の中の「国会審議の解説付き街頭上映『国会パブリックビューイング』」だった。いわゆる「国会答弁」とか「官僚発言」とか、とかくクソ面白くもない討論の代表格とされる国会でのやりとりを、解りやすい解説を付けて『国会パブリックビューイング』として、新橋のSL広場で上映したというのである。
またこの上映方法が実にユニークだった。予告なしでいきなり大画面を設置して、ひたすら映像を流し続けたということだ。一人、二人と見る人が現れて、そのうちにかなりの人だかりなったということだ。
既成のやり方では、活動家らしき人がマイクを持って、いかに政府の「働き方改革」「外国人の雇用を増やす政策」がいい加減なものか、大演説をぶち上げながらやるところだが、そんなことでは一般市民の関心を集められないのは、今までに何度も経験してきたところである。
このひたすら映像を流し続けるという方法は、聞いているだけで面白そうで、上西充子教授のファンになりそうだった。
『国会パブリックビューイング』をご覧になることをお勧めする。

金かかってるやろな

会場には労働組合員の姿がほとんど見られない。私の周りには全日建関西生コンの組合員と全港湾大阪支部の組合員がいる。「なかまユニオン」「全交」なのか?の顔がたくさん見える。韓国からは雇用労働部傘下の韓国労働研究院の若い職員20人程が参加している。非正規センターの労務士も一緒にいた。
総数120人ほどだろうか。会場は大きなホールで、音響も、椅子の座りごごちも、同時通訳も申し分ない。通訳は3人交代で、日韓の学者が自分の研究分野について次々に話す内容を、淀みなく訳していく。さすが、これだけのメンバーを揃えた国際フォーラムだと感心する。
通訳の無線機のリース代と同時通訳者が3人。この費用だけでン百万円。聞けば、韓国からの参加者20人ほどは、前日は東京に入って、関東地区の地域ユニオンと交流をして、朝の新幹線で京都に来たという。今まで何
度も韓国からのゲストを呼んだ経験から「金かかってるやろな?このどこから出てるんやろ?」ととんでもないところに興味がいってしまったフォーラムだった。(中村猛)
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