必須‼ 高年齢労働者の安全衛生対策/厚労省有識者会議が報告書

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高齢者の安全・安心

ロコモティブシンドロームという言葉がある。歳をとるとともに骨、関節、筋肉といった運動器の衰えが原因で「立つ」「歩く」といった機能が低下している状態のことだ。2007年に日本整形外科学会が、人類が未だ経験したことのない超高齢社会・日本の将来を見据えて提唱した概念だという。
高年齢になって生じる機能の衰えを若いころから認識し、できる限り健康上の問題がない状態で日常生活が送れる健康寿命を延ばそうというのが「ロコモ」提唱の意図だ。人口における高年齢者の割合が増えるにつれ、職場で働き続ける高年齢労働者も増える。運動器の衰えが前提の高年齢の労働者が、職場でより多数を占めてくると、それが原因となる労働災害が増えるのは予想がつく話だ。つまり健康寿命を延ばすという課題は、高年齢者が職場で労働者として働き続けることと大いにリンクすることでもある。
そのためには高齢者が安心して安全に働ける職場環境作りや、労働者の身体機能向上のための健康づくりがこれまで以上に重要な課題となってくる。
厚生労働省は昨年8月に「人生100年時代に向けた高年齢労働者の安全と健康に関する有識者会議」を設置、働く高年齢労働者の安全と健康に関して幅広く検討を行い、事業者と労働者に求められる取り組み事項や、国および関係団体などが取り組むべき事項を取りまとめた報告書をこの1月17日に公表した
報告書では、高齢労働者をめぐる状況を分析したのち、国が策定するガイドラインに盛り込むべき事項として「高齢者が働きやすい職場環境の実現のために」と題した具体的な取り組みを提言するものとなっている。ここではまず現状分析部分を紹介し、「ガイドラインに盛り込むべき事項」とされた具体的な項目についてふれる。

高齢労働者の労働災害が増えている

我が国では少子高齢化が進展しており、15~64歳人口は1955年をピークに減少し続けている。2018年10月1日現在で、総人口に占める割合は59.7%と過去最低の水準となっている。一方で65歳以上の人口割合は、28.1%となっていて、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、この後も増加を続け、2065年には40%近くに上ると推計されている(図1「報告書より」)。

こうした社会全体の高齢化が進む中で、職場においても高年齢労働者の労働災害は明らかに増加している。
労働者死傷病報告による休業4日以上の死傷者数のうち、60歳以上の労働者が占める割合は近年顕著にのびている。2018年では26.1%となっていて、2008年の18.0%から8.1ポイントも増加している。
高年齢労働者の数自体が増えているから当たり前のようにも見えるが、労働者千人当たりの災害件数(千人率)をみても、あきらかに高齢者の発生率が高い。年齢階層別でみると、男女とも25~29歳で最小となり、以降5歳刻みではっきりと増加し、60歳を過ぎるとその度合いが激しくなる。男性では75~79歳が抜きんでて多く、女性の場合は、55歳を過ぎてからの増加が激しく、60~64歳で男性とほとんど並んでしまう。25~29歳と65~69歳を比べてみると、男性で2.0倍、女性では実に4.9倍と高くなっている。(図2「報告書より」)

休業4日以上の死傷災害を事故の型別で調べると、「転倒」が25%と最も多い。これをさらに性別、年齢階層別で分析してみると、男女とも高齢になるほど多いのは明らかで、なかでも高齢の女性の転倒が際立って多く、60歳以上の女性が全体の25.7%を占めている(図3「『平成30年労働災害発生状況の分析等』より」)。

また、職業性疾病の7割を占める災害性腰痛に関連して、「腰が痛いと訴える人数」を調べてみると、年齢を追うごとに多くなり65歳から69歳までが最も多くなっている(図4「報告書より」)。

必要な高齢者が働きやすい職場作り

このような状況に対して報告書は、課題と方向性について、1)現業部門とともに、管理・事務部門の安全衛生対策の重要性、 2)業種の転換で不慣れな高齢者が多くなることに留意、3)高齢者特有の特徴や課題に対応することの重要性、4)事業者による労働者の体力や健康の維持改善の取組促進であるとまとめる。
そのうえで、「高齢者が働きやすい職場環境の実現のために(ガイドラインに盛り込むべき事項)」と題して具体的な取り組みを提唱する。
事業者に求められる事項の最初に1)全般的事項として、経営トップの方針表明・体制整備、リスクアセスメントの実施をあげる。そして2)以下の取り組みの推進へとつなげる。2)の「職場環境の改善」はハード面とソフト面に分けて具体的な例をあげている。
設備・装置の導入などの改善について具体的に例示した事項は次のとおり。
<共通的な事項>
・視力や暗順応への配慮として通路を含めた作業場所の照度の確保、照度が極端に変化する場所や作業の解消
・通路の段差の解消
・やむをえない段差など危険個所への安全標識等の掲示
・床や通路の滑り防止(防滑素材(床材、階段用シート)の採用、滑りにくい靴の支給、滑りの原因となる水分
・油分のこまめな清掃)
・階段への手すりの設置
・保護具等の着用の徹底
<危険を知らせるための視聴覚に関する対応>
・背景騒音の低減と、警報音等の聞き取りへの工夫(聞き取りやすい中低音域、指向性確保など)
・有効視野を考慮した警告・注意機器(パトライト等)の採用
<暑熱な環境への対応>
・涼しい休憩場所の整備
・体温を下げるための機能のある服などの支給
・熱中症の初期症状を把握できる小型携帯機器(ウェアラブルセンサー)の利用
<重量物取扱いへの対応>
・リフト機器等の導入による人力取扱重量の抑制
・不自然な作業姿勢を解消するための作業台や配置の改善
・身体機能を補助する機器(パワーアシストスーツ等)の導入
<介護作業等への対応>
・リフト機器、スライディングシート等の導入による抱え上げ作業の抑制
・労働者の腰部負担を軽減するための移乗支援機器等の活用
次に高齢者の特性を考慮した作業管理などソフト面の具体的な例示は次のとおり。
<共通的な事項>
・勤務形態、勤務時間(短時間勤務、隔日勤務、交代制勤務など)の工夫
・働く高齢者の身体特性を踏まえた作業マニュアルの策定(ゆとりのある作業スピード、無理のない作業姿勢など)
・注意力、集中力を必要とする作業についての作業時間の考慮
・同時進行の作業や優先順位の判断が伴うような作業に係る負担の考慮
・腰部に過度の負担がかかる作業に対する作業方法の改善、定期的な休憩の導入や作業休止時間の運用
<暑熱作業への対応>
・脱水症状を生じないよう意識的な水分補給と、発汗作用の確認
・体調不良時は速やかに申し出ることについての日常的な指導
・症状に応じて必要な場合、速やかに医療機関を受診させ、又は搬送する対応
・作業強度や作業時間の決定に先立つ持病の有無や健康診断結果の考慮
なお、作業内容面の改善事例については、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)のホームページの参照をすすめている。

体力チェックを活かした
労働者の気付きと職場改善

3)の「働く高齢者の健康や体力の状況の把握」では、健康診断に加えて、体力チェックによる状況の把握を挙げる。
具体的な方法として、労働者の気付きを促すため、介護予防の取組で行われる加齢による心身の衰え(フレイル)のチェック項目を活用したり、厚生労働省作成の「転倒等リスク評価セルフチェック票」等の利用をあげている。
その際、次の点を考慮すべきとしている。
・判定基準を設けることは必須ではなく、体力チェックを働く高齢者の気付きにつなげるとともに、業務を遂行する上で考慮すべきことを検討する際に活用することが考えられる。
・安全作業に必要な体力の水準に満たない場合は、職場環境の改善に取り組むとともに、労働者が体力向上に努める必要がある。
・対象となる労働者から理解が得られるよう時間をかけて体力チェックの目的を説明し、実施方針を策定する。また運用の途中で実施方針を適宜見直す。

体力に応じて必要な適材適所

4)の「働く高齢者の健康や体力の状況に応じた対応」では、働く高齢者の状況に応じた業務の提供として、職場における一定の働き方のルール作り、個人差に応じて、安全・健康の点で適合する業務を提供するよう努めるとしている。その際の留意点は次のとおり。
・脳・心臓疾患が業務中に起こる確率は、加齢にしたがって段々と増えていく。
・危険有害作業に伴うリスクの高い製造業などの労働環境と、第三次産業などの労働環境とでは、必要とされる身体機能等に違いがある。例えば、車両の運転等に当たっては、運転適性の確認を行うことなどがある。
・業種によって労働時間の状況や心身にかかる負荷が異なり、また、業界特有の就労環境に起因する労働災害もある。
・何らかの病気を抱えながらも働き続けることを希望する高齢者の治療と仕事の両立。
・複数の労働者で業務を分けあう、いわゆるワークシェアリングを行うことにより、働く高齢者自身の状況やニーズに対応することも考えられる。
5)の「安全衛生教育」では、雇入れ時、法定の技能講習や特別教育などを徹底する以外に、身体機能の低下と労働災害リスクの関連への自覚、体力維持や生活習慣の改善の必要性などについて計画的な安全衛生教育の実施を求めている。
また高齢者に多い転倒災害は、何もなさそうな場所で発生しており、安全標識や危険個所の掲示に留意するとともに、働く高齢者に対しわずかな段差等の周りの環境にも常に注意を払う必要があることについても、あらためてふれている。

多様な就業形態、不安定雇用
応じた安全対策は地域から

「国や関係団体による支援」では、産業医など産業保健スタッフによる支援以外に、小規模事業場対策として地域産業保健センターによるサービス提供を挙げる。さらに小規模事業場については、働く高齢者を多く雇用し、高齢者向け安全衛生対策の効果が確立しているなど一定の要件を満たせば助成による支援を行うことが必要とさ
れている。
高齢者が定年退職や継続雇用が終了する段階などライフステージの節目で、短時間労働やシルバー人材センターでの雇用によらない就労など、様々な働き方での就業の場に移る場合が多くなっている。また、雇用であっても不安定な就労形態で働かざるを得ない高齢者も少なくない。こうした状況に対応するためには職場の状況を捕捉できる地域での取り組みが求められるところだ。そういう意味ではこの報告書ではふれることができていない、地域ごとの経営者団体や地方自治体、労働行政の連携した具体的な取り組みも必要となるだろう。
今後示されるガイドラインと、進められている対策に大いに注目したい。(西野方庸)
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