複数就業者の保険給付で法案上程

複数事業賃金の合算と複数業務要因災害新設

複数の就業先で働く労働者の労災保険給付を見直す改正法案が、2月4日、国会に上程された。「雇用保険法等の一部を改正する法律案」で、労災保険関連では労働者災害補償保険法と労働保険の保険料の徴収等に関する法律の改正となる。 今号では、具体的な改正内容と条文案を紹介する。 なお、改正法の施行日は 「法律公布後6か月を超えない範囲で政令で定める日」 とされており、順調に進めば今年秋までには施行されることとなる。

「複数事業労働者」 の災害は全部の賃金合算が基本に

まず、今回の改正で対象となる複数の就業先で働く労働者の定義だが、条文では「事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者」(第1条) と表記され、以下の条文では「複数事業労働者」と表記される。
そして、一つの就業先で発生した労働災害による休業補償等について、 他の災害が発生していない就業先の賃金分まで合算して給付額に反映させる改正のため、「給付基礎日額」 について定めた第8条に次の第3項を加える。

労働者災害補償保険法第8条第3項
前二項の規定にかかわらず、 複数事業労働者の業務上の事由、 複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由又は複数事業労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡により、当該複数事業労働者、その遺族その他厚生労働省令で定める者に対して保険給付を行う場合における給付基礎日額は、 前二項に定めるところにより当該複数事業労働者を使用する事業ごとに算定した給付基礎日額に相当する額を合算した額を基礎として、 厚生労働省令で定めるところによって政府が算定する額とする。

この条文の挿入によって、複数の就業先で働く労働者(それに労働者ではないが特別加入をしている就業先も含む。)の給付基礎日額は、通勤途上災害の場合も含んで、全部の就業先の賃金額が合算して算定されることになり、休業、障害、遺族等の各給付に反映されるわけだ。
合算後の給付基礎日額については、年齢階層別の最高・最低額など、給付基礎日額についての規定はそのまま適用されることになるため、第8条の2から第8条の4までについても改正がされ、未支給の保険給付等についても必要な改正がされている。

「複数業務要因災害」 の保険給付新設
使用者責任問わず

もう一つの大きな改正は、 複数の就業先の業務上の負担を合わせて評価をして支給する保険給付の新設だ。
従来の保険給付は、労働基準法第8章による使用者の災害補償義務を根拠とした休業補償給付等の各「補償給付」と、労災保険独自の保護制度である通勤途上災害の休業給付等の各 「給付」だった。
1月に労政審が報告で示した方向は、労働基準法の災害補償義務とは異なり、当該事業場の補償責任は問わないものとし,個々の事業場の労災保険へのメリット制適用についても対象外とした。
このことから保険給付の種類にまったく新しい給付が創設されることになった。 第1条では、「業務上の事由」と「通勤による」の間に複数事業労働者についての新たな給付が加わった。

第1条
労働者災害補償保険は、業務上の事由、事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者(以下「複数事業労働者」という。)の二以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤による労働者の負傷、 疾病、障害、 死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。

(下線は新たに挿入された部分)
保険給付の種類を規定した第7条も、これまでの 1 業務災害の保険給付、 2 通勤災害の保険給付、 3 二次健康診断等給付に加えて、次の新第2号が加わることとなった。

第7条第1項
一(略)
二 複数事業労働者(これに類する者として厚生労働省令で定めるものを含む。 以下同じ。) の二以上の事業の業務を要因とする負傷、疾病、障害又は死亡(以下「複数業務要因災害」 という。) に関する保険給付(前号に掲げるものを除く。以下同じ。)
三・四(略)

労災保険法で使われる保険給付名は、「業務災害」と「通勤災害」に、「複数業務要因災害」が加わった形だ。なお、「これに類する者として厚生労働省令で定めるもの」としているのは、特別加入者の複数就業者も含むため、これを省令で規定するためのものだ。
新たな複数事業労働者の各保険給付については、 第3章保険給付の第2節のあとに第2節の2が加わる。 その最初の条文は次の通り。

第20条の2 第7条第1 項第2号の複数業務要因災害に関する保険給付は、 次に掲げる保険給付とする。
一 複数事業労働者療養給付
二 複数事業労働者休業給付
三 複数事業労働者障害給付
四 複数事業労働者遺族給付
五 複数事業労働者葬祭給付
六 複数事業労働者傷病年金
七 複数事業労働者介護給付

以下、各給付について、業務災害について規定した条文の準用規定が続く。

非災害発生事業場分の給付など保険率の扱いは省令で対応

労政審の報告では、複数事業労働者の労働災害に関する給付のうち、非災害発生事業場の賃金をもとに算定された給付基礎日額の合算分によるもの、複数事業の業務を要因として発生した給付(複数事業労働者休業給付等の給付分)については、その当該事業場の保険率に適用するメリット制計算に含めないこととしている。
これらの給付について、その当該事業場に何らか影響を及ぼすことは明らかに不合理であり、メリット制による負担は全事業者によることとしたからである。
そのため、 労働保険の保険料の徴収等に関する法律も改正している。
具体的には「複数業務要因災害」(労働者災害補償保険法第7条第1項第2号で新たに設けられた)の給付分も含めて保険率算定の基礎とすることを明記、今後制定される省令により、メリット制適用での取り扱いなどについては、詳しく制定されることとなる。

様々な複数就業者と特別加入制度期待される在り方の議論

以上、今回の労働者災害補償保険法等の改正について、主要な部分は紹介した。考えてみれば、1972年の通勤途上災害保護制度創設以来の新たな保険給付が追加される大改正となっている。しかし、実際の運用となると、関西労災職業病2020年1月号でも紹介したように、
https://koshc.jp/2020/03/22/fukusushugyosharosaikanyu/
特別加入者の取り扱いのあり方などをどのように整理するかという問題など、省令段階での規定の仕方に関わる部分がいくつかある。とくに半年後にせまる運用にあたっては、 労働者や特別加入者に十分な周知を行うことも必要となるだろう。
そもそも保険給付の請求用紙の様式も今後定められることとなる。通勤災害のように複数業務要因災害が多くなることは考えられないことからすると、従来の業務災害用の用紙の表題に兼用のための文字が挿入され、非災害発生事業場分の賃金明細は別紙が作成されるということになるのだろう。
いずれにしろ、特別加入制度における複数事業労働者同等の取り扱いの問題を契機に、 特別加入制度のあるべき姿について、もっと広範な情報をもとに広く議論を進めていく必要があるだろう。その意味では、これからの労働政策審議会での議論に注目して行く必要があるといえよう。(西野方庸)
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