職場のハラスメント防止対策法制化

措置義務で強化されるか

今年5月、職場のハラスメント防止対策を事業主に義務づける法改正が成立した。
これまで、ハラスメント防止対策に関しては、「提言」というなんら法的義務が生じないものしかなく、歓迎すべきことだろう。しかし、この法改正が成立するまでの議論、その内容は決して十分ではない。今後に向けて、振り返ってみる。

はじまりの遅かったパワハラ対策

2000 年ごろから、労働現場においていじめ・嫌がらせなどが問題になる例が、注目され始めた。被害にあった労働者が精神的な不調となることもあり、こういった心の問題での休職者が増加し、各企業は対応を迫られた。
厚生労働省は対応として、2008 年3月に、「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」を策定した。
関西労働者安全センターが加入する全国労働安全衛生センター連絡会議による厚労省交渉でも、職場のいじめ・嫌がらせ対策 の必要性を毎回訴えていたが、当時は、企業にとって職場いじめは個人間の争い、あるいは人権問題であるとの認識で、職場の安全衛生問題として対応するべきという訴えは、受け入れられなかった。
しかしながら、職場で上司などから受ける暴力やいじめを、「パワーハラスメント」という造語で表すようになり、マスコミにも取り上げられ、社会的にこの概念が広まった。
2011 年になりようやく厚労省が重い腰を上げ、職場のいじめ・嫌がらせ問題について専門家による円卓会議を設置して議論を開始した。
そこで初めて、「職場のパワーハラスメント」という定義が作られ、職場内であってはならない行為とされた。その内容は最終的に 2012 年3月に、「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言(以下、提言)」としてまとめられた。当センターとしてはなんらかの予防指針が作成されることを期待したが、使用者側に受け入れられやすい形式を模索した厚生労働省によって、やむなく対策する義務を伴わない「提言」という形となったのだった。
しかし、厚生労働省としては、職場のパワーハラスメント対策は急務であり、実効性を確保する必要性を認識していたと思われ、「提言」を元に様々な対策に着手した。
インターネット上に「あかるい職場応援団」というポータルサイトを開設し、「提言」の内容、「職場のパワーハラスメント対策ハンドブック」、「パワーハラスメント対策導入マニュアル」、研修用のあらゆる教材、動画などが無料で提供された。

平行線を続けた議論

「提言」作成後5年の見直しの時期、首相官邸主導の「働き方改革実行計画」の
中で、長時間労働規制と同時にハラスメント対策の強化があげられたこともあり、2017 年に厚生労働省において専門検討会が設置された。対策の強化が主目的で、定義の見直しや強化のための法制度についても議論された。この検討会は、2018 年3月に「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」を出し、それを元に労働政策審議会雇用環境・均等分科会で議論され、2018 年 12 月に「女性の職業生活における活躍の推進及び職場のハラスメント防止対策等の在り方について」にまとめられた。この分科会では、「女性の
活躍の推進」と「パワーハラスメント」「セクシュアルハラスメント」の 3 つのテーマが扱われたため、このようなタイトルになっている。
検討会の段階から、実効性のあるハラスメント防止対策がテーマであるために、何らかの法律の策定も視野に入れて議論が行われた。労働者代表は当然法制化を強く求め、公益代表も法制化を受け入れる姿勢であり、厚生労働省も国際労働機関(ILO)総会の動向も踏まえて、法制化を念頭に置いた。しかしながら、議論が始まってみると使用者代表が強く抵抗を示して、議論が平行線のまま、まとまらないことになった。
論点としてハラスメントの定義では、労働者代表はパワーハラスメントに限らず、職場で起こりうるジェンダー差別、障害差別、人種差別などあらゆるハラスメントを包括する定義を求めたが、使用者代表は、あくまでこの検討会は「パワーハラスメント」対策の強化のための議論をする場、として受け入れなかった。顧客など事業場外の人間によるハラスメント対策についても、事業主の対応できる範囲を超えていると主張した。
法制としては、ハラスメントを禁止する罰則付き法律、事業主への防止対策の措置義務、防止対策指針といった案があったが、労働者代表は裁判で加害者の責任も問うことができる法律を主張し、公益代表の中からもそういった法律の提案がある中、使用者代表は指針で十分だとの主張を繰り返した。最終的には、措置義務を課す法改正となったわけだが、対策しないと罰則があるわけでもなく、使用者代表の意見にかなり沿う内容になったのではないだろうか。
定義については、1.優越的な関係を背景にした言動であって、2.業務上必要か
つ相当な範囲を超えたものにより、3.労働者の就業環境が害されるもの、という3要素をずべて満たすものとされた。そのうえで、「提言」で示されたパワハラの6類型も維持された。
定義が限定され、かえって範囲が狭くなった。労働者側が主張した顧客などから
のハラスメント対策は、法律には含めないが、指針などで対応するとされた。
また使用者代表は、中小企業にとって対策を取るのは容易ではなく、助成金などの支援をしてほしいとの注文をつけた。

企業の弁解カタログと言われる例示

その後、国会に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」として提出され、2019 年5月29 日に成立した。施行は 2020 年6月1日の予定である。
ハラスメント対策としては、労働施策総合推進法で、国の施策に「職場における労働者の就業環境を害する言動に起因する問題の解決の促進」を明記し、事業主に対して、パワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置義務を新設し、措置の適切・有効な実施を図るための指針の根拠規定を整備、またパワーハラスメントに関する労使紛争について、都道府県労働局長による紛争解決援助、紛争調整委員会による調停の対象とするとともに、措置義務等について履行確保のための規定を整備するとなっている。具体的な対策は指針によって規定される。
その後、再度、労総政策審議会が開かれ、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」が検討された。9月から3回の会議で指針案がまとめられ、11 月 21 日からパブリックコメントが求められた。
指針案についてはかなり問題があり、日本労働者弁護団、真のポジティブアクション法の実現を目指すネットワーク、プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会、移住労働者と連帯する全国ネットワーク、職場のモラルハラスメントをなくす会など多くの団体が、抗議や声明を表明している。指針案については、厚労省のホームページの 11 月 20 日の労政審資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_07971.html から見ることができる。
指針案で一番多く批判をあびたのは、パワーハラスメントの6類型について、該当する例、該当しない例をあげたことだ。該当しない例は、「企業の弁解カタログ」のようだった。あちらこちらにパワーハラスメントと解釈される範囲を狭めるための文言が差し挟まれ、国会で付された付帯決議も十分に反映されていなかった。
指針の目的の第一は、パワーハラスメントの予防であるはずなのに、内容は、定義やパワハラがあったときの対応策に重点が置かれた。全国労働安全衛生センター連絡会議でもパブリックコメントへ意見を送ったので、ここに合わせて掲載する。
パブリックコメントは、今年中にすぐまとめられるという。また、その後は、指針を実行するためのマニュアル作りが行われる予定らしい。
確かに、指針だけでは内容に問題があるばかりでなく、そのままこれで対策できるものではなく、さらに詳細な手引きが必要だろう。しかし手引き書としては、すでに「ハラスメント対策導入マニュアル」が作成されており、内容的には今回の指針よりも、対策を行うために大いに参考になるものだ。また指針のように極力パワハラの範囲を限定しようとするような記述もない。
ILO条約批准をめざして今年6月のILO総会では、「仕事の世界における暴力及びハラスメントと戦う条約・勧告」が採択された。日本で策定された法律に比べて、その定義や対象とする労働者、被雇用者の範囲は広い。日本では罰則付きの禁止規定がなく、批准するには内容的にかけ離れており、今のままでは難しい。前回の厚労省交渉で、厚労省の役人は前向きに批准は検討していきたいと言い、
今回の法律は5年を待たずに見直しに着手すると回答した。やはり、厚労省としても、国際基準にもう少し近い形の法規制を狙っていたのではないかと思われる。つくづく、使用者代表委員が足を引っ張った形だったと悔しい。
来年6月の施行に向けて、ハラスメント防止対策法についての作業は進んでいく。今後も注目していく。(田島陽子)

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2019年12月9日

パワーハラスメント防止の指針案のパブリックコメントに関する意見

東京都江東区亀戸 7-10-1 Zビル 5 階
全国労働安全衛生センター連絡会議
議長 平野 敏夫

私たち全国労働安全衛生センター連絡会議は、職場のパワーハラスメント(パワハラ)の問題について、労働者の立場に立ち長年にわたり相談や支援にあたってきた団体や個人の全国ネットワークです。
今回、厚労省による『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)に係る意見募集』について、下記の通り、意見を提出いたします。

1、指針案2(7)前半のカッコ内の記述について
この項の前半部分のカッコ内で、「業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない」との記述がある。指針案の2(1)においてすでに同じ記述があり、この項で再度繰り返す必要性は皆無である。この記述を削除すること。

2、指針案2(7)の「パワハラに該当しないと考えられる例」について
「指針素案」から修正された後も、その多くが抽象的な定義のため、労働現場で拡大解釈され、パワハラの正当化に使われる恐れがある。また、パワハラ被害者が、自分の相談がこの例によって門前払いされるのでは、と相談をためらわせる危険もある。
そもそも、労働安全衛生に関する指針は、その対象とする問題を広範かつ包括的
に規定しなければ、労働者の安全と健康を守るための予防指針としてまったく実効性を保てない。今回の指針は、民法上の不法行為とされないレベルのパワハラも対象として、その防止を図るものである。裁判例に基づいて検討された事例をそのまま指針に盛り込むことは、指針の対象となるパワハラの範囲を不当に狭めるものであり、盛り込む必要性もまったくない。
こうした観点から、「パワハラに該当しないと考えられる例」は、一つ残らず削除すること。

3、指針案4(1)について
指針案 4(1)では、事業主に対して、パワハラの内容およびその禁止の方針を明
確化することを求めている。
職場において実効的なパワハラ禁止の方針を明確化させるためには、実際にパワハラ被害の訴えがあった事例も踏まえて、各職場で起こりうるパワハラの実態に即した方針の策定が必要である。指針案4(1)において、各職場での実態調査を行った上で4(1)のイおよびロの措置を取るよう明記すること。
また、「いじめ・いやがらせ」による精神障害の労災請求事案や労災認定事例、また労働局に寄せられている相談事例など は、様々な職場から寄せられるパワハラ相談の実態を示すものであり、最も参考にすべき情報である。それらの事例について、(個人情報保護の措置を行った上で)パワハラ防止の観点から事例情報の活用を進めるべきである。指針案4において、それらの事例の活用を明記すること。

4、指針案4(2)および(4)について
指針案4(2)では、事業主に対して、パワハラの相談窓口の設置を求めている。
しかし、私達のもとには、社内の相談窓口に相談したが機能していない、との被害相談が多く寄せられている。パワハラの訴えへの実行的な対応を実現するためには、調査や事後対応に関わる可能性のある専門委員会などに関する規定も必要である。
指針案4(2)において、相談窓口だけでなく、相談対応に関連する専門委員会な
ども含めた包括的な体制作りを各事業場が行うよう、明記すること。
また、4(4)について、相談窓口や専門委員会の構成員から、パワハラの行為者
や利害関係者を外すことを明記すること。それが困難な場合(例えば、組織トップや組織全体によるパワハラ)には、外部機関・第三者委員会の活用を図ることを明記すること。

5、指針案5(2)について
この項に、「業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当せず、労働者が、こうした適正な業務指示や指導を踏まえて真摯に業務を遂行する意識を持つことも重要である」との記述がある。
そもそも業務指示や指導を適切に行う責任は、経営者や管理職にある。適正な業務指示や指導を理解しない労働者の意識が悪いと言わんばかりの、この文章自体がすでにパワハラそのものであり、労働者がパワハラを相談することを委縮させるものである。この文言を削除すること。

6、指針案5(2)ロについて
労働者の尊厳と権利を無視した経営が広がり、過剰なノルマ設定や現場の実情を無した人員削減などが横行していることが職場のハラスメント問題の最大の原因であり、職場環境の改善こそが、パワハラ予防において最も重要な点である。この項について、より詳しく分析して労働現場の好事例を紹介するなど、記載を充実化すること。
また、「労働者に過度に肉体的・精神的負荷を強いる」とあるが、「指針素案」で「過度に」との文言は無かった。職場環境の改善を進める上では、広く労働者の負荷の軽減を図るべきであり、「過度の」と限定してはならない。労働者の視点に立ち、「過度の」との文言を削除すること。

7、指針案の全体について
厚労省が 2019 年に改訂した「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)」について一言も言及がない。これは、厚労省がこれまで進めてきたパワハラ防止対策の包括的なマニュアルであり、指針の中で言及し、その活用を図ること。