制度の不備で損なわれてきた 複数就業者の災害補償

賃金額合算、複数就業による過重負荷評価など

「働き方改革」というアドバルーンが掲げられた政府の方針のなかで、柔軟な働き方の一つとして副業・兼業があげられている。「新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、そして第2の人生の準備として有効である。」(平成 29 年3月28 日閣議決定)と意義付けして、普及を加速させることとしている。
しかし副業・兼業を大いに結構などという企業は少なく、むしろ兼業禁止を就業規則で定めている事業場も多い。そもそも今の労働関係法令は、副業・兼業を前提とした規制を設けていない。
例えば労働時間の規制は、複数の事業場で就業する場合、1日8時間、週 40 時間の規制は、その合計時間について適用される。もし上限を超えて働くならば時間外労働となって割増賃金が生じることになるが、その割増分はどの事業場が払うのか。
そもそも、労働者自身が複数で働いていることを伝えていなければどうなるか…。労災保険の業務上外認定や給付基礎日額の合算の問題が解決できぬまま放置されてきたこともこれまで本誌でふれてきた。
平成 29 年3月の閣議決定「働き方改革実行計画」は、「労働時間管理及び健康管理の在り方、労災保険給付の在り方について検討を進める。」としていることを受けて、一昨年6月の第 70 回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会で、「複数就業者に係る労災保険給付問題」が議題に取り上げられた。以降、この 12 月 10 日の第 82 回まで同部会で検討が重ねられてきた。
この間の議論は、複雑多岐ともいえる論点について重ねられてきたが、12 月 10日の時点でかなり目指すべき改正の方向が明らかになってきている。厚生労働省のHP では、部会の資料「複数就業者に係る労災保険給付について(これまでの論点整理について)(案)」が公表されており、論点と制度改正の方向が示されているので、これを全文掲載し、解説を加えることにする。

複数就業者に係る労災保険給付について(これまでの論点整理について)(案)

1 目的
多様な働き方を選択する者やパート労働者等で複数就業している者が増加している実状を踏 まえ、セーフティネットとしての機能を果たしている労災保険制度の見直しを行い、複数就業者が安心して働くことができるような環境を整備する。

2 複数就業者が被災した場合の給付額の見直し
(※事故による負傷等又は一の就業先の負荷に起因する疾病等の場合)

論点1 見直しの方向について
被災労働者の稼得能力や遺族の被扶養利益の喪失の塡補を図る観点から、複数就業者の休業補償給付等については、非災害発生事業場の賃金額も加味して給付額を決定することが適当。

論点2 労働基準法上の災害補償責任について
○ 非災害発生事業場の事業主が、労働基準法に基づく災害補償責任を負うこととするのは不適当。
○ 災害発生事業場の事業主が、非災害発生事業場での賃金を基礎とした給付分まで労働基準法に基づく災害補償責任を負うこととすることも、使用者責任を著しく拡大するものであり不適当。

論点3 保険料負担について
○ 災害発生事業場の属する業種の保険料率の算定に当たっては、現行と同様、災害発生事業場の賃金に基づく保険給付額のみについて災害発生事業場の属する業種の保険料率及び 当該事業場のメリット収支率の算定の基礎とすべき。
○ 非災害発生事業場の属する業種の保険料率の算定に当たっては、非災害発生事業場の賃金に基づく保険給付額について、非災害発生事業場の属する業種の保険料率及び当該事業場のメリット収支率の算定の基礎とはすべきではない。
○ 非災害発生事業場での賃金を基礎とした保険給付分については、全業種一律の負担とすべき。

論点4 通勤災害の場合について
通勤災害の場合も、通勤は労務の提供と密接な関連をもった行為であり、業務災害に準じて保護すべきものであるため、複数就業先の賃金を総合して給付額を算定することが適当。

3 複数就業者の認定の基礎となる負荷について
(※それぞれの就業先の負荷のみでは業務と疾病等との間に因果関係が見られない場合)

論点1 見直しの方向について
複数就業者について、それぞれの就業先の負荷のみでは業務と疾病等との間に因果関係が見られないものの、複数就業先での業務上の負荷を総合・合算して評価することにより疾病等との間に因果関係が認められる場合、新たに労災保険給付を行うことが適当。

論点2 認定方法について
○ 複数就業先の業務上の負荷を総合・合算して評価して労災認定する場合についても、労働者への過重負荷について定めた現行の認定基準の枠組みにより対応することが適当。ただし、脳・心臓疾患、精神障害等の認定基準については、医学等の専門家の意見を聴いて、運用を開始すべき。
○ 現行、脳・心臓疾患や精神障害の労災認定に当たっては、複数就業先での過重負荷又は心理的負荷があったことの申立があった場合、労働基準監督署がそれぞれの就業先での労働時間や具体的出来事を調査している。このため、それぞれの就業先での業務上の負荷を総合・合算して労災認定する場合であっても、このプロセスは維持すべき。

論点3 労働基準法上の災害補償責任について
○ それぞれの就業先の負荷のみでは業務と疾病等との間に因果関係が見られないことから、いずれの就業先も災害補償責任を負わないものと整理することが適当。
○ なお、一の就業先における業務上の負荷によって労災認定できる場合は、現行と同様、当該就業先における労働災害と整理することとし、当該就業先に災害補償責任があり、他の就業先には災害補償責任はないこととすべき。

論点4 給付額について
一の就業先における業務上の負荷によって労災認定できる場合に、非災害発生事業場の賃金額も加味して給付額を決めることとするのであれば、複数就業先での業務上の負荷を総合・合算して労災認定する場合の給付額も、基本的には複数事業場の賃金額を総合して算定すべき。

論点5 保険料負担について
○ 業務上の負荷を総合・合算して評価して労災認定する場合、当該給付に係る保険料負担については、いずれの事業場の属する業種の保険料率の算定の基礎とするのも不適切。通勤災害と同様に全業種一律とすべき。
○ 業務上の負荷を総合・合算して評価して労災認定する場合、いずれの事業場のメリット収支率の算定の基礎とすることも不適切。

4 2及び3に係る共通事項

論点1 複数就業の範囲
○ 複数就業者とは
・ 同時期に複数の事業と労働契約関係にある者
・ 一以上の事業と労働契約関係にあり、かつ他の就業について特別加入している者
・ 複数就業について特別加入している者
が考えられるが、被災(疾病の発症を含む。) したときに、これらに該当する場合を、基 本的に労災保険制度における複数就業者と考えるべき。
○ ただし、脳・心臓疾患や精神障害等の疾病等であって、原因と発症の時期が必ずしも一致しない場合については、発症時にいずれかの就業先を退職している場合も考えられるので、別途の取扱いが必要と考える

論点2 特別加入者の取扱いについて
○ 労働基準法上の労働者でない者についても、業務の実態、災害の発生状況等からみて労働者に準じて労災保険により保護するにふさわしい者について特別加入を認めているという趣旨を踏まえると、一以上の就業先において特別加入している場合についても、複数就業先で労働者である場合と同様の取扱いとすべき。
○ 一方、労働者として就業しつつ、労働者以外の働き方を選択している場合(特別加入している場合を除く)については、労災保険制度の趣旨を踏まえ、今回の複数就業者に係る保険給付の対象とするのは不適切。

論点3 給付基礎日額の最高・最低限度額等について
○ 自動変更対象額や年齢階層別の最高・最低限度額については、その趣旨から、非災害発生事業場の賃金額を加味した場合も、その取扱いを変える必要はない。
○ 全就業先での業務上の負荷を総合・合算して評価して労災認定する場合の給付額についても同様に、自動変更対象額や年齢階層別の最高・最低限度額の取扱いを変える必要はない。
○ 複数就業者が一の就業先で被災した場合において、いずれかの就業先で有給休暇を取得したような場合、他の就業先の休業については、休業(補償)給付の対象とすべき。
○ 複数就業者が一の就業先で被災した場合において、いずれかの就業先で部分休業した場合、現行の部分休業の取扱いに準じて支給することとすべき。

論点4 特別支給金の取扱いについて
○ 特別支給金についても、賃金額やボーナス等特別給与の金額により算定しているものについては、その制度趣旨から非災害発生事業場の賃金額や特別給与の金額も加味して給付額を算定すべき。
○ また、給付基礎日額と同様に、算定基礎年額及び算定基礎日額の上限額については、非災害発生事業場の賃金額を加味した場合も取扱いを変える必要はない。

論点5 新たな制度の円滑な実施を図るための準備について
今般の複数就業者の労災保険給付に係る新たな制度を実施するには、
・ 関係政省令を整備する必要があり、その際、労災保険部会において議論する必要があること
・ 上記の政省令を踏まえて、関係告示や通達等を整備する必要があること
・ 上記内容について労使団体を通じるなどして、事業主や労働者に広く周知する必要があること
・ 都道府県労働局・労働基準監督署において事務が円滑に進むよう、新たな制度の内容について熟知させる必要があることから、施行まで一定の期間を設けるべき。

5 その他運用に関する留意点

論点1 申請手続きについて
非災害発生事業場における賃金額等の把握の
手続きに係る労使の負担軽減のため、災害発生
事業場の証明事項を可能な限り活用し、非災害
発生事業場における証明事項を必要最低限にと
どめる等の対応を検討すべき。

論点2 労災保険率が極力引き上がらないようにするための方策について
労働災害を減少させるため、災害防止努力を促すことが必要。
また、社会復帰促進等事業や事務費は労災保険給付に付加的なものであることにかんがみ、
・ 社会復帰促進等事業については、PDCAサイクルで不断のチェックを行い、その事業ともに、事業の必要性について徹底した精査を行う
・ 事務費については、効率性の観点から不断の見直しを行うことによりできるかぎり抑制し、今般の見直しによる給付増分を可能な限り吸収できるようにすべき。
これらにより、今般の制度見直しに伴い労災保険率が極力引き上がらないようにするべき。

論点3 特別加入制度の在り方
現在、働き方が多様化し、複数就業者数が増加するとともに、労働者以外の働き方で副業している者も一定数存在する。また、特別加入制度創設時の昭和 40 年当時にはなかった新たな仕事(例えばIT関係など)が創設されるとともに、様々な科学技術の成果が、我々の生活の中に急速に浸透している。このような社会経済情勢の変化も踏まえ、特別加入の対象範囲や運用方法等について、適切かつ現代に合った制度運用となるよう見直しを行う必要がある。

給付基礎日額に非災害発生事業場分も反映
労基法の災害補償とは別

大きな論点は、給付基礎日額の見直し問題と認定の基礎となる負荷をどうみるかという問題だ。
まず、複数就業者が被災した場合に災害発生事業場の賃金額だけを基礎として休業補償給付等が支給されている問題。見直しの方向は、当然、非災害発生事業場の賃金額も加味して給付額を決定することが適当となるが、そのため解決が必要な問題が二つある。
一つは労働基準法上の災害補償責任との関係をどうするかだ。災害発生に全く関わり合いがない非災害発生事業場は、労災保険給付の上で賃金額が反映しても、責任を負ういわれはなく、さりとて災害発生事業場がその分も責任を負うのもおかしい。結局、反映させるのは労災保険の上だけでの措置ということになる。したがって労災保険給付の無い3日目までの休業補償について、非災害発生事業場分は誰も負担するものがいないこととなり、現行制度のままということになる。

保険料負担は非災害発生事業場分を全業種でカバー

もう一つは、非災害発生事業場での賃金額を反映させることによる保険料負担をどこに算入するかということだ。現行の労災保険料は、災害が発生して給付を行った事業場について、給付額に応じてその事業場の翌々年の保険料に反映させるメリット制という仕組みを採用している。災害発生事業場の賃金に非災害発生事業場分の賃金を上乗せした給付額をもとに算出すると、不当に保険料が上がってしまうというわけだ。そのため上乗せ部分は計算に入れないことにするのが妥当となるわけだが、それではその負担分はどこが負うのかということになる。
たとえば、じん肺、振動病、非災害性腰痛、石綿による肺がんと中皮腫は、いくつかの事業場を転々と移動して有害業務を行ったことで発症することが多く、この場合は最後の事業場の労災保険を適用することとしている。しかし最後の事業場は職業病の原因の一部でしかなく、負担を負わせるのはフェアではないため、一定の業種でメリット制計算に加えないこととしている。じん肺では建設業、振動病なら林業と建設業、非災害性腰痛なら港湾荷役業、石綿疾患は建設業と港湾荷役業となっている。しかし、そのままではこの負担の行先がなくなってしまうので、これらの業種ではメリット収支率算定の際、特別の調整率を計算に加え
ることとしている。つまり、転々として職業病に被災した労働者が発症した負担分は、その業種の事業場全体で負担するということにしているわけだ。
複数就業者における非災害発生事業場分の負担を分担するのは、特定の業種での発生が多いというわけではないから、結局は全業種一律の負担とすべきという結論になるため、調整率の必要性はないということとなる。
この点は、通勤災害における複数就業者の賃金額合算においても全く同様となる。

法定労働時間内×2=過重労働
労災保険で業務上も労基法の責任は無し

複数就業者がそれぞれの就業先の負担のみでは因果関係がみられないが、合算すると因果関係があるという場合、現行では業務上疾病と認定しようがない。たとえばA社で週40時間働き、B社で週25時間働いていた労働者が脳・心臓疾患を発症したら、時間外労働は月に100時間を超えることとなり、認定基準を満たすので、業務との因果関係があると判断することとなる。ところが労災保険の適用となると、A社もB社も法定労働時間を超えていないので業務上疾病と認定できないこととなる。
この明らかな矛盾については、複数就業先の負荷を合算して評価し、現行の認定基準の枠組みで対応し、新たに労災保険の給付を行うことが適当とした。
この場合にも労働基準法上の災害補償責任をどう考えるかが問題となるが、それぞれの就業先の負荷だけでは因果関係がない場合には、災害補償責任を負わないものとした。保険料負担についても、メリット収支率算定の基礎とせず、全業種での負担に負わせるものとした。

特別加入者も複数就業に含む
制度の整合性を保つ対策が必須

複数就業者の種類もいくつか考えられる。同時期に複数の事業者と労働契約関係
にある場合以外に、特別加入者として労災保険の適用を受けている働き方が含まれる場合がある。この場合にも当然複数就業者として労災保険の給付を行う場合があることとなる。ただいくつかの問題はある。
年齢階層別の最高・最低限度額等を給付基礎日額に適用することについて、複数就業者で非災害発生事業場分の賃金を加えたものであっても扱いを変更することにはならない。ただし、この論点整理でふれていないのは、特別加入者の場合のことだ。特別加入者の給付基礎日額は、収入の実態に応じて任意に特別加入者が希望した額で定めることとなっていて、実際の給付において最高・最低限度額が適用されることはない。一方で労働者として就業しており、もう一方で特別加入者として就業しているようなときは、いずれか高い方の給付基礎日額を採用するなどの対策をとらないと整合性がとれないことになるだろう。

法の隙間に落とし込められた労働者の権利回復
特別加入制度も時代に見合った合理的制度に

複数就業者の労災保険給付をするために、非災害発生事業場分の賃金をはじめ、
いろいろな情報が必要になるだろうが、非災害発生事業場にとってみれば余分な負担となるわけで、ひいては被災労働者の権利が損なわれかねない場合もありそうだ。制度上、非災害発生事業場の証明事項は必要最低限にとどめるなどの工夫は必須だろう。
またこの論点整理では、特別加入制度そのものについても、時代に見合った制度運用となるよう見直しの必要があることも指摘している。複数就業者の扱いだけでも特別加入者の扱いについて、問題はまだまだありそうだが、そもそも一日の一部分だけの仕事のために特別加入者として労災保険へ加入している場合の保険料の問題など、合理的な労災保険制度へ発展させる努力はさらに必要といえるだろう。
複数就業者に係る労災保険給付の問題は、これまで制度の不備で損なわれてきた
労働者の権利を取り戻すとともに、法の隙間に落とし込められてしまう勤労者の救済につながる制度改正として、さらに注目していく必要があるだろう。(西野方庸)

(201911_505)