すすむ暫定任意適用事業廃止への道~在り方研究会中間報告を起点に進む議論

一切の決め事はなし~個人経営の山仕事とは?

大晦日になると、日ごろの山仕事に携わることが多い3~4人ぐらいの近所のおじさんたちが我が家に集まり、一年間の労賃の支払いを受け取り、遅くまで歓談する。山間部で山林を所有し、林業を代々の生業の一つとしてきた家に生まれ育った筆者の個人的な思い出だ。
冬は木材を伐採された後に残された木の枝や草などを整理・集積し、時には焼却して植林に備える地拵え(じごしらえ)をして、春近くなると何千本ものヒノキ苗を伏せこみ、やがて担いで山に登り植林に精を出す。初夏から秋にかけては、ひたすら植林後10年に満たない山の草刈りだ。今はエンジンで動く刈払機だが、かつてはクロキリ鎌と呼ぶ大きな鎌でバサバサと雑草を刈っていく。10年以上に育ってきたら冬の日常の仕事は間伐と枝打ちだ。チェンソーと鉈(なた)を使って森の手入れに精を出す。
夏の草刈りは炎天下で大汗をかきながら、冬の地拵えは手が悴む寒さの中で、いずれも急斜面の不整地での力仕事だ。毎日ではないけれど、そういう仕事をやってくれた人の労をねぎらい、まとめて大晦日に労賃を支払うために集まってもらう。少なくとも1960年代あたり、つまり私が子供だった頃までの年末の光景だった。
やがて山から切り出す丸太の価格は下がる一方となり、80年代後半ともなると木を伐採することを生業とする事業自体が減少の一途をたどる。かつて普通だった何千本の植林はウソのようになってしまった。
そもそもこういう山仕事の労働関係はどう考えればよいのだろう。山仕事に精を出し労賃を受け取っていたおじさんが労働基準法上の労働者だとしたら、そもそも大晦日に一年分の労賃を支払うなんて、労働基準法第24条第2項を持ち出すまでもなく、ひどい話ではないか。
就業時間は、明るくなって現地についたときから暗くなるころまで、昼食と夕飯は提供される。・・・というところまでは慣例で決まっている。しかし他の条件は一切の決め事はなしだ。
もちろん労災保険制度はおろか万が一の労働災害の際の補償など考えも及ばない。労働基準関係法令があるし、労災保険も手続きは事業主の義務だから・・・と言いたいところだが、零細の個人経営の林業は例外扱いだ。はて、これでいいのか・・・。

全面適用から取り残された一部の農林水産業

労働者なら仕事が原因でけがをしたり病気になったりすると、使用者が補償しなければならないと労働基準法に規定されている。そうはいってもすべての使用者が補償する原資を持っているとは限らないから、国が管掌する労災保険を強制的に適用し、使用者から保険料を徴収する・・・というのが労災保険だ。
ただ労働基準法で定めた労働者への災害補償義務は例外がないが、労災保険のほうは例外がある。農林水産業の一部は「暫定任意適用事業」として労災保険の適用は任意となっている。詳しくは以下の通りだ。

○ 農業
個人経営で常時5人未満の労働者を使用する事業(事業主が農業について特別加入している事業を除く)
○ 林業
労働者を常時には使用せず、かつ、年間使用延べ労働者数が300人未満の個人経営の事業
○ 水産業
常時5人未満の労働者を使用する個人経営の水産動植物の採捕又は養殖の事業その他水産の事業(水産動植物の採捕の事業については、総トン数5トン未満の漁船によるもの又は災害発生のおそれが少ない河川、湖沼又は特定海面において主として操業するもの)
* 暫定任意適用事業であっても、一定の危険・有害な作業を主として行う事業であって常時労働者を使用する場合は強制適用となる。また、労働者の過半数が労災保険の加入を希望する場合は加入の申請をしなければならない。

そもそも労災保険法ができた1947(昭和22)年からほぼすべてが適用というわけではなかった。常時5人以上使用など規模を限定した工業、建設業、鉱業、運輸業など特定の事業に限定していたものを、年金など給付の大幅改正を契機に1969(昭和44)年には一部を残して全面適用となる現在の条文に改正された。その際に「暫定任意適用事業」という規定が政令に用いられて例外部分が残ることとなった。その後1975(昭和50)年に常時5人未満の労働者を使用する商業やサービス業の事業を強制適用に加えることにより、農林水産業の一部のみが残ることとなったわけだ。
その後1991(平成3)年に農業の事業のうち事業主が農業について特別加入している事業も強制適用事業に加えるというわずかな適用拡大はあったが、以降、今日に至るまで30年以上のあいだ改正の動きはなかった。
改正に至らない理由について、最後の1991年の改正時に発せられた行政通達には次のように記されている。

「労働者災害補償保険法等の一部を改正する法律の施行( 第三次分) 等について」
(平成3年3月1日発労徴第13号基発第123号)( 抜粋)
1 改正の趣旨及び概要
(1) 改正の趣旨
イ 全面適用の困難性
労災保険は、その制度趣旨からいって、すべての労働者に適用されることが望ましく、昭和47年4月1日からは、政令で定める暫定任意適用事業を除き労働者を使用するすべての事業が適用事業とされた(旧44年法附則第12条)。
この暫定任意適用事業の範囲も、昭和50年4月1日から、個人経営の労働者5人未満の農林水産業の一部にまで縮小が図られた(昭和50年政令第26号)が、農業については、適用拡大の必要性が比較的高い(注1)ものの、その事業場における労働実態の把握が困難であること等の理由(注2)から、その後特段の適用拡大の措置は講じられてこなかった。
(注1) 林業は常時一人以上労働者を使用していれば適用事業であるし、水産業についても総トン数五トン以上の漁船は内水面のみにおける操業を除いて適用事業となっているため、未適用の範囲は農業と比較して小さいと考えられる。
(注2) 具体的理由として、以下のことがあげられる。
① 農家では、ゆい・手間替えという労力の相互融通の習慣があり、ゆい・手間替えによって働く者は一般的には労働者とはいえないが、これらの者と労働者とは外見的には区別が困難であること。
② 農繁期のみに労働者を使用する場合が多く、その実態を把握することが困難であること。
③ このため、個人経営の労働者五人未満の農業を当然適用事業とした場合、各事業場が適用事業となるか否かの判断が困難又は煩瑣であること。

なお、①のゆい・手間替えの定義について、昭和52年農林省統計情報部の1975年農業センサスでは、「農業相互間の労力交換のことで、労力の等価交換を原則としているすべての労力交換が含まれる。したがって労力の過不足を金銭、物品で清算したものも該当する。…………(中略)…………共同田植、共同防除などの共同作業で作業をしてもらった場合もここに含める。」とある。

昔の実態は変わっているのに、30年以上検討されていない?

たしかに「ゆい・手間替え」のような労力の交換の慣習について労働関係との判別に問題が出るという点は問題としてあったのだろう。ただこうした地域の慣習がどの程度今も健在なのかについては、この行政通達を発出した当時でさえ十分に調査できていなかったのではないだろうか。
厚生労働省内の労基法研究会(災害補償関係)でも暫定任意適用事業の廃止についえは、次のように記されている。

Ⅲ 参考(個別検討結果)
第11 労働基準法第8章と労災保険法との関係
2.検討の方向
(2) 暫定に適用事業の廃止について
・・・・
しかしながら、これらの事業が当分の間、暫定任意適用事業とされたのは、小規模の農林水産業は、家族労働を中心とする自営業に近く、かつ、広範囲な地域に散在するなど事業の性質上実態把握が困難であること、労働者性が明確でないこと、その対象数が膨大であること(あわせて災害が多発していないこと)等のためといわれている。
したがって、現行制度のままで、これらの小規模の農林水産業を強制適用事業にするならば、その把握は一層困難であり、現在でさえ100万に上るといわれている未手続事業が一層増加し、逆選択の状態が増大することとなる。つまり、現行制度のままで現在の暫定任意適用事業を廃止することは、極めて困難といわざるをえない。

ただしこの結論は昭和63年のもので、やはりこの30数年間にわたり、農林水産業の労働関係の実態について検討されることはなかったのだった。
数十年の間に農林水産業の機械化が進んでいることは誰もが認めるところであり、家族経営はともかくとして、「ゆい・手間替え」のような労力交換がどれほど続いているだろうか。またこのような労力交換が労働者性の判断に影響を与えるという問題は、建設業における「手間返し」の例でも検討されたことがあったはずである。
とすると、これらが強制適用に移行するための障害になるとは到底考えにくいのだ。
そして問題なのは、労災保険は任意適用であったとしても、労働基準法で使用者に課せられている災害補償の義務は、零細な農林水産業であっても例外なく適用されるということである。たとえば零細の農業経営者が雇用した労働者に死亡災害が発生した場合、経営者は平均賃金の千日分の遺族補償と60日分の葬祭料を支払う義務を負うが、その補償は確実に履行されるのか。履行された場合その経営者一家の生計はどういう影響を受けるのか。
労災保険が強制加入でないということで、実に厳しい状況が想定されることになる。

全面適用に進む労政審の議論、解決するべき問題は明らか

今年7月にまとめられた「労災保険制度の在り方に関する研究会」の中間報告書は、「暫定任意適用事業である農林水産業の事業への適用について」の項目で、以下のような結論を導き出している。
「暫定任意適用事業については、労働実態を把握する手段も多様化していると考えられることや既に労災保険に加入している暫定任意適用事業をみても、重大事故が散見され、保護の必要性が高まっているといえることを踏まえれば、農林水産省とも連携の上、順次、強制適用に向けた検討を進めることが適当と考える。
ただし、その際、農林水産事業者の理解に加え、これまで適用上の課題とされてきた事業者の把握や、保険料の徴収上の課題がどの程度解決されつつあるのかの具体的な検証が必要であり、また、零細な事業主の事務負担の軽減等も十分に配慮する必要がある。この点、例えば、事業主と関係団体等との連携や協力の在り方等についての検討も含め、その実現可能性や実効性についても農林水産省の協力も得つつ、検討することが必要である。また、林業及び水産業についても農業と同様、課題の解決策を検証した上で検討を進める必要がある。」
これを受けて、労働政策審議会の労災保険部会は検討を開始し、この間、農林水産省、林野庁、水産庁の関係省庁担当者のヒアリング、農業協同組合中央会など各事業者団体からのヒアリングを精力的に実施し、作業が進められている。これまでの各ヒアリングの状況をみると、対象なる事業が災害多発業種であることなどから、例外なく強制適用について積極的であり、あとはどのように手続きをスムーズに進めるかという技術的な問題の解決に焦点が移りつつあるといえるだろう。
おそらくは実態的に労働者とは言えない作業者が相当数あることが想像され、その意味では特別加入制度をどのように使いやすい制度として周知できるかという点も問題として健在化することになるだろう。
今後の推移を見守りたい。(事務局:西野方庸)


( 参考) 暫定任意適用事業の関係条文

〇労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)(抄)
第3条 この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。
2 前項の規定にかかわらず、国の直営事業及び官公署の事業(労働基準法(昭和22年法律第49号)別表第1に掲げる事業を除く。)については、この法律は、適用しない。

〇失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律(昭和44年法律第83号)(抄)
附則(抄)
(労働者災害補償保険の適用事業に関する暫定措置)
第12条 次に掲げる事業以外の事業であつて、政令で定めるものは、当分の間、第2条の規定による改正後の労働者災害補償保険法第3条第1項の適用事業としない。
一 第2条の規定による改正前の労働者災害補償保険法第3条第1項に規定する事業
二 労働者災害補償保険法第35条第1項第3号の規定の適用を受ける者のうち同法第33条第3号又は第5号に掲げる者が行う当該事業又は当該作業に係る事業(その者が同法第35条第1項第3号の規定の適用を受けなくなつた後引き続き労働者を使用して行う事業を含む。)であつて、農業(畜産及び養蚕の事業を含む。)に該当するもの
2 前項の政令で定める事業は、任意適用事業とする。

〇失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令(昭和47年政令第47号)(抄)
(労災保険暫定任意適用事業)
第17条 失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律附則第12条第1項の政令で定める事業は、次の各号に掲げる事業(都道府県、市町村その他これらに準ずるものの事業、法人である事業主の事業、船員法(昭和22年法律第100号)第1条に規定する船員を使用して行う船舶所有者(船員保険法(昭和14年法律第73号)第3条に規定する場合にあつては、同条の規定により船舶所有者とされる者)の事業及び労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)第7条第1項第1号に規定する業務災害の発生のおそれが多いものとして厚生労働大臣が定める事業を除く。)のうち、常時5人以上の労働者を使用する事業以外の事業とする。
一 土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業
二 動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他畜産、養蚕又は水産の事業

〇労働省告示第35号(昭和50年4月1日)(抄)
失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令(昭和47年政令第47号)第17条の規定に基づき、労働大臣が定める事業を次のように定める。(略)
一 立木の伐採、造林、木炭又は薪を生産する事業その他の林業の事業であつて、常時労働者を使用するもの又は1年以内の期間において使用労働者延人員300人以上のもの
二 別表第1に掲げる危険又は有害な作業を主として行う事業であつて、常時労働者を使用するもの(前号及び次号に掲げる事業を除く。)
三 総トン数5トン以上の漁船による水産動植物の採捕の事業(河川、湖沼又は別表第2に掲げる水面において主として操業する事業を除く。)
別表第1、別表第2 (略)

〇失業保険法及び労働者災害補償保険法の一部を改正する法律及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(昭和44年法律第85号)(抄)
(労災保険に係る保険関係の成立に関する経過措置)
第5条 失業保険法等の一部改正法附則第12条第1項に規定する事業(以下「労災保険暫定任意適用事業」という。)の事業主については、その者が労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)の加入の申請をし、厚生労働大臣の認可があつた日に、その事業につき徴収法第3条に規定する労災保険に係る労働保険の保険関係(以下「労災保険に係る保険関係」という。)が成立する。
2 労災保険暫定任意適用事業の事業主は、その事業に使用される労働者(船員保険法(昭和14年法律第73号)第17条の規定による船員保険の被保険者を除く。以下同じ。)の過半数が希望するときは、前項の申請をしなければならない。
3~4(略)
(労災保険の保険給付の特例に関する経過措置)
第18条 政府は、当分の間、事業主の申請により、その者が労災保険に係る保険関係の成立前に発生した業務上の負傷又は疾病につき労働基準法(昭和22年法律第49号)第75条の療養補償を行つている労働者に関しても、当該負傷又は疾病が労災保険に係る保険関係の成立後に発生したものとみなして、労災保険法第3章第1節及び第2節の規定により、保険給付を行うことができる。
2 政府は、当分の間、事業主の申請により、その者が労災保険に係る保険関係の成立前に発生した業務上の負傷又は疾病につき労働基準法第75条の療養補償を行つている労働者に対しても、当該療養補償を労災保険法の規定による療養補償給付とみなして、労災保険法第3章第1節及び第2節の規定により、傷病補償年金を支給することができる。
3 事業主は、その使用する労働者の過半数が希望する場合には、前2項の申請をしなければならない。
第18条の2 政府は、当分の間、事業主の申請により、当該事業主の事業についての労災保険に係る保険関係の成立前に発生した……複数事業労働者(以下この条において「複数事業労働者」という。)の二以上の事業の業務を要因とする負傷又は疾病……につき療養を必要とすると認められる複数事業労働者に関しても、当該負傷又は疾病が労災保険に係る保険関係の成立後に発生したものとみなして、改正後労災保険法第3章第1節及び第2節の2の規定により保険給付を行うことができる。
2~3(略)
第18条の3 政府は、当分の間、事業主の申請により、当該事業主の事業についての労災保険に係る保険関係の成立前に発生した通勤……による負傷又は疾病……につき療養を必要とすると認められる労働者であつて、当該負傷又は疾病の原因である事故の発生した時において当該事業に使用されていたものに関しても、当該負傷又は疾病が労災保険に係る保険関係の成立後に発生したものとみなして、労災保険法第3章第1節及び第3節の規定により保険給付を行うことができる。
2~3(略)
第19条 政府は、第18条第1項若しくは第2項、第18条の2第1項若しくは第2項又は前条第1項若しくは第2項の規定により保険給付を行うこととなつた場合には、厚生労働省令で定める期間、当該事業主から、労働保険料のほか、特別保険料を徴収する。
2~3(略)

関西労災職業病2025年11・12月571号