労災補償請求権時効、2年から5年へ~労災保険制度在り方研究会が中間報告

厚生労働省は労災保険制度の現代的課題を包括的に検討することを目的に、昨年12月に「労災保険制度の在り方に関する研究会」を設置、8回の会合を重ねて、この7月に中間報告書をとりまとめ公表した。
内容は適用関係、給付関係、徴収等関係と全体にわたる根本的な課題を取り上げたものとなっている。参集者は労働法の研究者9名で、一定の方向を示すのではなく、制度の見直しに向けた検討を行い論点を整理したものとなっている。
労働政策審議会労災保険部会は、この報告書をもとに今後の労災保険制度の改正を検討することとなる。根本的で多岐にわたる課題が並んでおり、課題によっては更なる国民的議論が必要なものもある。
本誌では課題ごとに提起された見直しの方向性などについて紹介したいと思う。まず今回は、労災補償請求権の消滅時効期間の延長問題を取り上げる。

見送られた時効期間延長、時間が経ったら立証困難?

労働基準法上の災害補償請求権は、行使できるときから2年間行わない場合に消滅すると定められている(労働基準法第115条)。また、労災保険法上の給付請求権は、療養補償給付や休業補償給付などの短期給付については行使できるときから2年を経過したとき、障害補償給付や遺族補償給付などの長期給付については行使できるときから5年を経過したとき消滅すると定められている(労災保険法第42条第1項)。
一方、2017年の民法改正において、それまでバラバラであった一般債権の消滅時効の期間統一化によりいわゆる「短期消滅時効」が廃止された。これに伴うかたちで2020年に労働基準法を改正、賃金請求権の消滅時効期間が従前2年間であったものを5年間に改正した上で、当分の間3年間とするなどの見直しが行われている(2020年4月1日施行)。
この改正に先立つ労働政策審議会の建議では、災害補償請求権の時効期間については現状を維持し、5年に延ばすことについては見送ることとされた。理由については以下のような記述となっていた。

「災害補償の仕組みでは、労働者の負傷又は疾病に係る事実関係として業務起因性を明らかにする必要があるが、時間の経過とともにその立証は労使双方にとって困難となることから、早期に権利を確定させて労働者救済を図ることが制度の本質的な要請であること。
加えて、労災事故が発生した際に早期に災害補償の請求を行うことにより、企業に対して労災事故を踏まえた安全衛生措置を早期に講じることを促すことにつながり、労働者にとっても早期の負傷の治癒等によって迅速に職場復帰を果たすことが可能となるといった効果が見込まれること。
なお、仮に見直しを検討する場合には、使用者の災害補償責任を免除する労災保険制度は当然のこと、他の労働保険・社会保険も含めた一体的な見直しの検討が必要である。」

時間がたつと業務起因性の立証が困難になる、早期の請求によって災害防止対策を促す効果や職場復帰対策の効果が上がるなどを理由にして、災害補償の時効を据え置きにしたのだった。請求権がいつまで有効かという権利の問題なのに、立証や災害防止などという別の次元の問題にすり替えた結論になってしまっている。「早期に権利を確定させる」といっても、賃金請求権の時効期間を5年としたことと比べて何が異なるのか。
労災保険の現実の運用では、何十年も前の業務を原因として職業病を発症しても因果関係を特定して保険給付を支給しているし、労災保険を速やかに支給することにより災害発生源対策が促進されるというデータが報告されたという話も聞かない。

労政審で議論も行わず国会でも追及!

この労災補償2年時効据え置きとされた労基法改正案が審議された2020年3月の衆議院厚労委の審議でも次のようなやり取りが行われている。

〇西村智奈美委員
災害補償請求権について最後に伺いたいと思います。これについては現行のまま2年とされたんですけれども、そもそも審議会で十分に議論されておりましたでしょうか。例えば、業務に起因してメンタルヘルスに係る疾患を発症した場合に、こういったケースというのはすぐに災害補償請求はできないと思います。ある程度治癒してから請求しようとした場合に、消滅時効によって請求権が消滅している場合もあると考えられます。災害補償請求権は労災保険とあわせて見直す必要があるのではないかと考えますけれども、いかがですか。
〇加藤勝信国務大臣
災害補償請求権は、労働基準法上創設された権利であります。これまでも、民法の一般債権の消滅時効期間は10年とされた中で、労基法では2年の消滅時効期間とされております。今回の民法改正で一般債権の消滅時効期間が原則5年となった場合においても、現行の消滅時効期間である2年を維持したところであります。災害補償の仕組みでは、労働者の負傷等の業務起因性を明らかにする必要があるわけですが、時間の経過とともにその立証は困難となり、早期に権利を確定させ、労働者の救済を図る必要があること、また、労災事故が発生した際に早期の災害補償の請求を行うことにより、企業に安全衛生措置を早期に講ずることを促すことにつながり、労働者にとっても迅速な職場復帰を果たすことが可能となるといった効果が見込まれるといった議論もあって、労政審の審議において、現行の2年を維持するということが適当とされたと承知をしております。なお、災害補償及び労災保険給付の請求権の消滅時効については、疾病に罹患する等により実際に療養や休業等をするときから進行するものであります。メンタルヘルスのような疾病については、現実に療養等をした時点から消滅時効が進行するということになります。
〇西村智奈美委員
答えていただいていないんですけれども、審議会の経緯をたどってみても、十分に議論は行われていません。やはり労災保険のあり方とあわせてしっかりと今後の課題として見直していっていただきたい、そのことは強く申し上げます。・・・(後略)

中間報告では時効期間延長の方向へ議論

「労災保険制度の在り方に関する研究会中間報告書」では、労災補償の消滅時効期間の見直しについて意見が分かれたとされる。しかし民法改正の際に消滅時効についての原則が整理されているにも関わらず、見直しそのものを前提としない意見が論じられること自体いかがなものかともいえる。
もっとも当然のことながら、主な意見としては見直しの方向が中心となっている。中間報告で「一律に期間を延長すべき意見としては次のようにまとめられている。

  • 平成29年の民法改正により、消滅時効期間の起算点について、「主観的起算点」と「客観的起算点」に二元化されたところ、労災保険法第42条は後者を採用することが明記された等の法改正の経緯を踏まえれば、被災労働者の主観的事情をもって消滅時効の起算点が変動することは適当でない。一方で、労災保険給付請求権の行使は常に容易ではなく、業務上の傷病であることの認知も当然にできるとは言えないこと、また、賃金と同じ消滅時効とすることで使用者の労務管理に追加で負担を与えるとは考えられないことから、消滅時効期間については、労働基準法の改正を踏まえ5年間に揃えることが望ましい。
  • 消滅時効期間の例外を設けるのであれば、明確な基準設定がなければ受給権者の地位が不安定になる懸念もあることから、当面は3年間に延長し、賃金請求権に係る消滅時効の動向を見守って、さらに5年への延長についても検討してはどうか。他方で、2年間の消滅時効期間が5年間に延長されたとしても、請求が困難な事例がすべて救済されるとは考えにくく、これを超えた特例の対象が定義できるかについては引き続き検討が必要である。

消滅時効期間改正のこれまでの議論の経過からみて、この意見の延長上に改正への結論が導かれることが当然と言えないだろうか。
ただその際、確かに課題となる問題点もある。一つは以下のような指摘である。

  • 労災保険では、他の社会保険や民法などよりも早期の法的安定性を要すると考えられる仕組みも散見され、短期の消滅時効が置かれていることにも説得力がある。

例えば労働基準法第19条の業務災害における解雇制限、労働基準法第83条、労災保険法第12条の5にある「退職後の補償や保険給付に影響がない」とする仕組みである。つまり、解雇制限については、業務災害ではないと考えられていた労働者を解雇して、その後業務災害であると認定された場合は混乱を来すのではないか。また、退職後にも補償や給付を認める仕組みは、退職後に各種の証拠が散逸しやすいだろうことを考えると、あまり長期の時効期間は予定していないように思う。仮に消滅時効を延ばすこととなった際には、これらの規定とも調整が必要ではないか。

しかし、早期の法的安定性を要するといっても、それが2年から5年に延びることについて、どの程度影響があるかということは検討が十分になされる必要があるだろう。
さらに他の社会保険と異なる労災保険の事情をどう考えるかという点についての指摘は次の通り。

  • 被災労働者にとって、自らの疾病等が業務上であるかどうかの認識は難しく、例えば、健康保険の場合であれば、発熱等の体調不良が生じれば保険事故の発生が認識できるが、労災保険では、そもそも疾病が業務に起因するものなのかは当然に認知できないこともある。
  • 早期に法律関係を確定させる要請と労働者が自身の業務災害を認知できないこととの調整を図る必要がある点において、労災保険は他の社会保障などと異なる取扱いをすることも許容される。
  • 請求に際して、資料を収集し、事業者とコンタクトを取ることは、厳密には労災に限られないが特徴的な面であり、相対的に労災に一定の特殊性を認めてもよいのではないか。
  • 健康保険や雇用保険でも受給者側から請求が必要な給付はあり、時効は2年間で統一されているところ、請求手続があることのみをもって時効を延ばす理由にはならず、仮に見直すのであれば制度横断的に検討する必要がある。

確かに労災保険の特有の事情を考慮するということもあるだろうが、5年に延ばすということは他の社会保険の請求手続きについても同様のことが言えるわけで、その意味で、改正を制度横断的に検討する必要があるといえる。実務上も健康保険と労災保険の切り替えなどを考えると必須ともいえよう。

労災補償の請求権の拡大は何としても実現を

厚生労働省の資料のなかに、請求権の時効期間徒過により不支給の処分を受けた件数を分析したものがあるが、この数字に出てこない、時効になっているから請求しなかった件数は相当数あることだろう。安全センターに寄せられる労災相談のなかには、そのような事例はたくさんある。そう考えると、民法の一般原則の改正がありながら、いまだに労災保険の改正がなされていないのは政府の不作為ということになる。速やかな改正が求められるところだ。

関西労災職業病2025年569号

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