地方公務員災害補償基金本部と交渉/全国労働安全衛生センター連絡会議

積極的な意見交換の機会

2024年7月9日、全国労働安全衛生センター連絡会議の要請(稿末)に基づき、地方公務員災害補償基金(以下、地公災)本部と交渉が行われた。
要請項目には法改正や制度改正なども含まれ、補償の実施機関である地公災で回答できる範囲を超えているものもあるが、問題点の指摘に対してはできる限りコメントを加えるなど積極的な意見交換をする機会となった。
地公災各支部の問題として私たちが常に挙げる点は、補償に関する事務を人事部署である職員厚生課が担うことで、専門能力に欠け、処理にも時間がかかるなど、公務員が安心して就労する環境を維持するうえで不十分な体制となっていることである。
たとえば、上司からの嫌がらせを理由とした精神障害の罹患について職員厚生課が公平な立場で判断を下すことができるだろうか? とりわけ地公災については本部専門医の氏名が情報開示請求を行っても明らかにされておらず、誰がどのような知見で医学的な意見を提示しているのか不明なまま請求者は結論のみ受け取ることになる。
このような労働者災害補償保険との相違点があることは、同じ業務(公務)を遂行中に発症した疾病や障害に対し、異なる結論が出ることにつながり、早急に解消していかなくてはならない。
以下、要望書中の何点かについて行った議論を紹介する。

【データの提供】

新型コロナ感染症関連のデータ提供を求めたところ、①新型コロナウィルス感染状況については同感染症が5類感染症に移行をしたことに伴い、その他の5類感染者と同様に、昨年12月以降認定請求件数と、認定件数の公表を取りやめた。②新型コロナウイルス感染症に関する、いわゆる罹患後症状のみの請求ならびに公務上認定件数、または新型コロナウイルス感染症のワクチン接種による副反応の請求と、公務上認定件数に関しては、罹患後症状については、何をもって罹患後症状とするか不確かであるためデータがない。③新型コロナウイルス感染症のワクチン接種における副反応の請求および公務上の認定件数は、個人が特定されるおそれがあるという理由で公表しない、とそれぞにれ回答された。
個人が特定されるという理由で公表しないのは本部専門医名簿も同じで、私たちとすれば判断をした医師がどのような経歴や実績のある医師なのか当然知りたいところであるが、それすらかなわないのである。専門的かつ高度な医学的知見を有する先生方を確保するため、と基金は言うが、自分の意見を名前を公表して述べられないような医師を信じることができるだろうか。

【地方公務員災害補償基金の人員体制】

地方公務員災害補償基金支部の体制については、「他組織(厚生労働省)と、組織の規模や体制が異なることをご理解いただきたい」と何度か繰り返し回答されたが、適正かつ公平な審査を実施できているかどうかが問題となっている。
認定基準や医学的知見を十分理解したうえで公務上外の決定を行っているのか疑問に思われる事件も発生しており、審査請求、再審査請求を通じて公務外と判断しておきながら、訴訟になった途端に第1回期日を迎えるまでもなく自庁取消をするようなケース(2022年 横浜地裁)もある。誤りなく処分を下しているのか検討することもなく長期間の不服申し立てを経て訴訟にまでいたる不合理について、事案の再検討や各支部への共有も含めて行われていない現状は到底許容できるものではない。
この不合理の最たるケースは、茨城県稲敷広域消防本部のスーパーレスキュー隊員の死亡事件である。亡くなった原因は心臓疾患であり、基金本部の専門医の判断に委ねられたところ、公務外と認定された。今回の交渉に同席した被災者のご遺族は、審査請求、再審査請求を通じ支部審査会、基金審査会が依頼した他の医師から提出された意見書でも公務との関連を認めているにもかかわらず、それらがいずれの決定にも反映されていないことに深く失望していた。また、事故から再審査請求の決定まで7年も要したということも尋常ではない。地公災には、石綿関連疾患、脳心臓疾患などについては理事長協議、すなわち支部で判断せずに本部に協議を求めることになっているが、かえって時間がかかっているケースもあり、処理期間に関する検討が必要である。

レスキュー隊員宮本さんのご遺族

【根治治療に対する療養補償】

「腰痛の公務上外の認定について」(昭和52年2月14日地基補第67号)と、「『腰痛の公務上外の認定について』の実施について」(昭和52年2月14日地基補第68号)によると、腰痛の治療について「通常、腰痛に対する治療は保存的療法(手術によらない治療方法)を基本とすべきであるが、適切な保存的療法によっても症状の改善がみられないもののうちには、手術的療法が有効な場合もある」として、発症前の状態に回復させるための手術も認められている。
この通達について、「公務上外の認定」なので通勤災害については適用されないとか、「腰痛の認定」であるために腰痛以外の公務上災害の疾病の回復には適用しないなどという解釈はされてはならない。この点について基金も、公務上又は通勤により生じた傷病に対する必要な療養であれば、医学的、社会通念上妥当と認められる治療に対して療養補償を行う、と回答し、各支部で発生している解釈の誤りが発生しないよう周知徹底することを約束した。

地公災基金本部宛要請書(2024年3月25日)

2024年3月25日

地方公務員災害補償基金
 理事長 佐藤 啓太郎 様

全国労働安全衛生センター連絡会議
  議長 平野 敏夫

要請書

  1. 基金各支部の補償に関する事務を、民間企業における総務人事部署である職員厚生課などが担っていることが多い。公平や信頼性の観点から、独立した部署が公務上外の調査を行うようにすること。とりわけ上司等からのハラスメントによる精神疾患については、第三者委員会を設けるなどして事実認定を行うこと。
  2. 非常勤の会計年度任用職員についても公務災害の補償となるように法改正すること。
  3. 公務災害防止事業の事業ごとの予算および決算の内訳を開示すること。
  4. 負担金のメリット制は公務災害隠し、認定請求の抑制、補償の理不尽な停止につながるのでただちに廃止すること。
  5. 脳・心臓疾患、精神疾患や石綿関連疾患等の原因が複合的な疾病や、負傷でも事実関係や認識の相違を理由に公務外決定をする場合は、被災者ないしご遺族からの面談による聴取を行う旨、基金本部が調査実務要領を作成して各支部に周知すること。
  6. 基金本部専門医の名簿ならびに選任基準を開示すること。
  7. 公務災害認定請求に上司が協力しない場合には、直接基金支部が対応できるということが職員に十分周知されていないので、各支部に全職員に周知するように通達すること。
  8. 基金本部審査会における口頭意見陳述について、時間はともかく人数を制限することや、傍聴させないことは不当かつ不合理であるので改めること。
  9. 各支部だけで審査・認定せず、理事長協議とされている精神疾患、石綿による疾病、心・血管疾患、脳血管疾患、補償課長への照会とされている「放射線障害」(の一部)、 職業性難聴、振動障害、 頸肩腕症候群、「指曲がり症」、脳脊髄液減少症、低髄液圧症候群、 化学物質過敏症、シックハウス症候群については、いずれも公務災害決定までの時間が相当かかっている。法第一条の主旨に基づき、職員の被害に対する迅速な救済に努め、標準処理期間に準じた期間での決定を行うこと
  10. 精神障害等の公務災害認定基準を、2023年9月の厚生労働省の労災認定基準改正にそくして直ちに改正すること。とりわけ住民からの不合理なクレーム等のハラスメントについて適確に例示すること。
  11. 石綿疾患について、厚生労働省『石綿ばくろ歴把握のための手引』に示された「石綿に関する作業・類型20 吹きつけ石綿のある部屋・建物・倉庫等での作業(教員 その他)」などを踏まえて、教員の中皮腫などを積極的に公務災害認定すること。
  12. 腰痛の認定基準については、認定状況や最高裁判決を踏まえて腰痛を起こしやすい業務を把握し、例示するなどして、抜本的に見直すこと。
  13. 頸肩腕症候群等の認定基準についても、労災保険における、「上肢障害」の認定基準を参考にして抜本的に見直すこと。
  14. 基金本部の発表によると、新型コロナウイルス感染症の公務上認定件数は、令和3年3月24日現在312件、令和4年3月31日現在914件、令和5年11月30日現在3374件であるが、各都道府県ないし市支部ごとの公務上認定件数を明らかにすること。また、5類移行を理由に中止した『新型コロナウイルス感染症に関する認定請求件数、認定件数』の公表を再開及び継続すること。(ちなみに神奈川県支部は要求に対して、令和3年度8件令和4年度8件、横浜市支部は令和3年度3件令和4年度3件、川崎市支部は令和3年度1件令和4年度0件、相模原支部が令和3年度1件令和4年度0件。いずれも横ばいないし減少しているので不可解である。)
  15. 新型コロナウイルス感染症に関するいわゆる罹患後症状のみの請求ならびに公務上認定件数、同感染症のワクチン接種による副反応の請求ならびに公務上認定件数を明らかにすること。
  16. 新型コロナワクチン接種による健康被害により公務災害認定請求があった件数、療養補償・休業補償・障害補償・遺族補償請求におけるそれぞれの公務上外の決定件数。また公務上決定した請求につき職種と傷病名を明らかにすること。集計していないのであれば、集計すること
  17. 「令和4年度業務報告書」の「Ⅱ業務の実施状況3不服申立ての状況」に記載のある、支部審査会の裁決「取消し12件、一部取り消し3件」、および審査会の裁決「取消し3件」の事案の概要を明らかにすること。
  18. 「令和4年度業務報告書」の「Ⅱ業務の実施状況4訴訟の状況」に記載のある、判決が言い渡された事件27件の、棄却、取消し等の内訳を明らかにすること。また「取消し」された事件の概要を明らかにすること。
  19. 通達〈「腰痛の公務上外の認定について」の実施について〉で「治療の範囲」の項目において、「回復させるための治療の必要上既往症又は基礎疾患の治療を要すると認められるものについては、治療の範囲に含めて差し支えないこと。」としているにもかかわらず、根治治療は公務災害とは認めないとされた事例が度々ある。通達周知を行い、根治治療も公務災害での療養を認めること。
  20. 公務上災害の疾病の回復のために「既往症又は基礎疾患の治療を要する」場合は、腰痛に限らずあるので、通達などで同じ運用をするように周知すること。
  21. 茨城県の龍ヶ崎消防署の高度救助隊員であった故・宮本竜徳さんの「致死性不整脈」について、ただちに公務上と認めること。
  22. 上記1~21項について、文書で回答するとともに意見交換の場を設けること。

関西労災職業病2024年8月557号