自主管理による新たな化学物質規制法/2023年4月1日から施行
厚生労働省は2021年7月19日に「職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会報告書(以下、「報告書」)」をとりまとめた。それに基づき、安全衛生法施行規則等の改正する政令や通達が2022年2月と5月に多数発出され、2023年4月1日と2024年4月1日から施行される。
以前、当センター機関誌「関西労災職業病」2021年11-12月号に紹介記事を掲載したが、報告書は、これまで化学物質規制の根幹であった「特定化学物質障害予防規則」「有機溶剤中毒予防規則」「防じん障害防止規則」等での対策から、事業者が自律的管理を行う仕組みへと化学物質管理の対策を大きく変更するというものだ。
新たな化学物質規制では、使用禁止となった物質、有害性が高く自主管理が困難とされた物質以外は、事業主に化学物質のリスクアセスメントを実施する義務が課される。
国は、GHS分類を進めて、危険性・有害性の確認を行い、その分類に従って、事業主はリスクアセスメントを行う(下図参照)。
改正された規則等の情報は、厚生労働省ホームページ「化学物質による労働災害防止のための新たな規制について」に掲載されている。
令和3(2021)年1月11日
・ 基安化発0111第2号「労働安全衛生法に基づく安全データシート(SDS)の記載に係る留意事項について」
令和4(2022)年2月24日
・ 労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令(令和4年政令第51号)
・ 労働安全衛生法施行規則及び特定化学物質障害予防規則の一部を改正する省令(令和4年厚生労働省令第25号)
・ 基発0224第1号「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令等の施行について」
令和4(2022)年5月31日
・ 労働安全衛生規則等の一部を改正する省令(令和4年厚生労働省令第91号)
・ 化学物質等の危険性又は有害性等の表示又は通知等の促進に関する指針の一部を改正する告示(令和4年厚生労働省告示第190号)
・ 基発0531第9号「労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について」
・ 基安化発0531第1号「『労働安全衛生法等の一部を改正する法律等の施行等(化学物質等に係る表示及び文書交付制度の改善関係)に係る留意事項について』の改正について」
・ 独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生研究所化学物質情報管理研究センター「化学物質の自律的管理におけるリスクアセスメントのためのばく露モニタリングに関する検討会報告書」
など、改正は多岐にわたっている。
改正点は、
- ラベル表示・SDS等による通知とリスクアセスメント実施の義務対象物質に、国のGHS分類で危険性・有害性が確認された物質を追加する。
- 事業者は、リスクアセスメント対象物について、ばく露される程度を最小限にする。リスクアセスメント対象以外の部室も、ばく露される程度を最小限度にする。
- ばく露濃度の低減措置の内容と労働者のばく露状況についての労働者の意見聴取を行い、記録を作成保存する。
- 障害等防止用保護具を使用し皮膚等障害化学物質等への直接接触を防止する。2023年4月から努力義務、2024年4月から義務化。
- 衛生委員会の付議事項に化学物質の自律的な管理の実施状況の調査審議を加える。
- 同一事業場で同種のがんに複数の労働者がり患したとき、業務起因性の可能性について医師の意見を聴き、業務に起因すると疑われると判断した場合、遅滞なく労働局に報告する。
- リスクアセスメント結果とそれに基づいて講じる措置の内容等の周知と記録作成・保存。
- 労働基準監督署が、化学物質の管理が適正に行われていない疑いがあると判断した事業所に、改善を指示し、事業者は専門家の助言に基づき、1か月以内に改善計画を作成して改善措置を実施する。
- 事業者は、リスクアセスメント対象物による健康影響の確認のため、労働者の意見を聴き、必要な健康診断を行い、必要な措置を講じること。健康診断の記録は5年間(がん原性物質は30年間)保存する。
- 化学物質管理者の選任義務化
- 保護具着用管理責任者の選任義務化
- 雇い入れ時の教育で、これまで特定の業種で一部の項目を省略することが認められていたが、これを廃止し、危険・有害性のある化学物質を製造・取り扱う全ての事業場で、必要な教育を行う。
- 職長などに対する安全衛生教育が必要な業種の拡大
- SDS等の通知方法に相手の承諾を得ずとも、文書以外に、様々な記録媒体の交付や通知の記載されたホームページのアドレスなども可能とする。
- SDSの通知項目「人体に及ぼす作用」を定期的に確認し、変更に従い更新し、通知先に知らせる。
- SDSの通知事項に「(譲渡提供時に)想定される用途及び当該用途における使用上の注意」を追加、成分の含有量の記載で10%刻みの記載方法を改め、重量パーセントの記載とする。
- 安衛法57条で譲渡・提供時のラベル表示が義務付けられている化学物質は、譲渡・提供以外に、他の容器に移し替えて保管する場合や自ら製造して容器に保管する場合も、ラベル表示や文書、その他の方法で、必要な情報を伝達すること。
- 安衛法31条の2の化学設備、特定化学設備に加えて、新たにSDS通知の義務対象物の製造・取り扱い設備も、改造・修理、清掃の外注時に、請負人の労働者に化学物質の危険性と有害性、注意すべき事項、安全確保措置を記載した文書を交付しなければならない。
- 化学物質管理の水準が一定であると所轄労働局長が認定した事業場は、特別規則について個別規制の適用を除外し、特別規則の適用物質の管理を、事業者による自律的な管理に委ねることができる。
- 有機溶剤、特定化学物質、鉛、四アルキル鉛に関する特殊健康診断の実施頻度について、作業環境管理やばく露防止対策等が適切に実施されている場合には、事業者は実施頻度を6か月に1回から1年に1回に緩和できる。
- 作業環境測定の評価結果が第3管理区分(作業環境管理が適切でない)とされた場合、改善の可否と改善方策を外部の作業環境管理専門家に意見を聴き、その結果、改善可能な場合、改善措置を講じて結果を評価する。改善困難な場合、有効な呼吸用保護具の使用、保護具着用管理責任者による管理・指導、措置内容を所轄労働基準監督署に届け出る、6か月ごとの個人サンプリング測定等による濃度測定などの義務化。
などである。
リスクアセスメントを事業者に義務付けることは、化学物質管理には有効であるし、これまで以上の広い範囲の化学物質に対して、ばく露濃度を基準以下とすることを義務付け、さらにばく露濃度をなるべく低くする措置を講じることも努力義務とする点は、評価できる。
上記の改正点で、やはり気になるのは、一部の緩和措置である。
特殊健康診断を6か月に1回から年1回に緩和したり、特別規則による個別規制(局所排気等工学的対策、保護具の使用、健康診断、作業環境測定などの措置の義務)を一定水準にある事業場については適用除外し、自主管理に委ねるなどとしている。特殊健康診断については、確かに必ずしも半年ごとに検診を受けなければならないとは限らないかもしれないが、一律の緩和ではなく、物質の特性に合わせて検診内容を変更する等の細かな対策であるべきではないだろうか。作業環境測定に関しては、やはり回数を減らして緩和するのではなく、環境、季節、製造・取り扱いの繁忙期等の状況の変化があるごとに測定する必要があるので、特化則の半年ごとに1回の測定義務は残したほうがいいのではないだろうか。
国は、このような緩和措置で対応できるようならば、これまでの特化則を廃していく方針としている。
さて、この4月1日から、リスクアセスメント対象物質のばく露濃度低減措置や保護具による皮膚障害等の防止義務などは施行される。
項目が多く、これまで対策が最低限の措置で取り扱ってきた多くの企業が、業務内容の見直しを余儀なくされる。
とりわけ、中小企業では、リスクアセスメントひとつ取っても、手が回るのか怪しいところだ。
報告書では、中小企業に対する支援の強化があがっていたが、ざっと見たところ、とくに支援策があるようには見えない。昨年4月から今年3月まで「化学物質管理に関する相談窓口」をテクノヒル株式会社というところに委託して開設しているようだ。化学物質管理について、技術的な支援を受けることができると、厚労省のホームページに書かれている。
自力で、リスクアセスメントと今回施行される多くの対策を行える中小企業は多くないだろうし、大半の企業は、お金をかけて専門家に依頼するしかなさそうである。
関西労災職業病2023年2月540号
コメントを投稿するにはログインしてください。