脳・心臓疾患等の労災認定基準改正-過労死ライン以下でも他の負荷要因も考慮

20年ぶりの改正

今年9月14日、労災保険の脳・心臓疾患についての認定基準が、20年ぶりに改正された。

これまでは、2001年(平成13年)12月に改正された「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」に基づき、判断が行われてきた。この時の改正で、長期間の過重業務について、いわゆる「過労死ライン」、時間外労働時間が直前1か月につき100時間、2か月から6か月にわたって1か月当たり80時間以上が認められることという具体的な基準が設けられ、以後、この基準で認定される事案が急増し、近年では、脳・心臓疾患による労災認定の90%が「長期間の過重労働」によることとなっていた。

しかしながら、当然、明確な数字を示すことによる弊害として、「過労死ライン」に満たないとして業務外と判断された事案について、数字に表れない負荷が切り捨てられているという問題が起こってきた。

基準では労働時間数の他に、「特に過重な身体的、精神的負荷」が認められるか総合的に判断するとしていたが、その基準はあいまいなものだった。また、「短期間の過重業務」についても考慮する負荷要因がどの程度評価されているのが不明であった。さらに、何らかの基礎疾患および高血圧などの医学的なリスク要因を有した場合の判断を巡って、審査請求や行政訴訟で争われる事案も多い。

脳・心臓疾患の労災認定件数は減少傾向にあり、それだけでなく、認定率がこの5年ほど下がり続けている。かつて40%以上あった認定率が昨年度は29.2%となっている。原因は不明であるが、労働時間が「過労死ライン」を満たさない事案についての判断の問題があるのではないかと推測される。

今回の改正が、少しはこの状況を改善するものであればよいと願う。

長期間の過重労働の評価改正

脳・心臓疾患の労災認定基準による認定要件は「長期間の過重労働」「短期間の過重業務」「異常な出来事」の3つである。

今回の改正の一番のポイントは、「長期間の過重業務」の評価について、「発症前1か月におおむね100時間、発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たり80時間を超える時間外労働」に至らなかった場合、「労働時間以外の負荷要因」も考慮し、業務と発症との関係が強いと評価できるとしたことである。

これまでに審査請求や行政訴訟で争われて取り消された事案を考慮し、後追いする形で明文化し、労働基準監督署段階で認定しやすくしたと考えられる。

また、この負荷要因の評価についても判断しやすくするために、負荷要因の項目の追加を行った。

これまで「労働時間以外の負荷要因」としていた「勤務時間の不規則性」、「事業場外における移動を伴う業務」「作業環境」の3つの他に、「心理的負荷を伴う業務」と「身体的負荷を伴う業務」を加えた。

「勤務時間の不規則性」として評価するとしていた項目には「拘束時間の長い勤務」、「不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務」があったが、「休日のない連続勤務」、「勤務間インターバルが短い勤務」を追加した。

「事業場外における移動を伴う業務」では「出張の多い業務」に「その他事業場外における移動を伴う業務」を追加した。

「心理的負荷を伴う業務」については、「精神的緊張を伴う業務」としてこれまで示していた項目を整理し、追加している(下の別表1,2参照)。

「精神的緊張を伴う業務」を「日常的に心理的負荷を伴う業務」と「心理的負荷を伴う具体的出来事」に分けて、具体的な業務を6項目、出来事24項目と「負荷の程度を評価する視点」を示している。以前より項目が増え、評価ポイントが具体化された形だ。「心理的負荷を伴う具体的出来事」は、精神障害の労災認定基準で「心理的負荷評価表」にある具体的な出来事から労働時間に関する出来事と負荷の強度が弱い「Ⅰ」の出来事を除いたものとなっていて、出来事の項目が大幅に増えた。

「身体的負荷を伴う業務」では、「重量物の運搬作業や人力での掘削作業などの身体的負荷が大きい作業」での作業の種類、作業強度、作業量、作業時間、歩行や立位を伴う状況等、他に「日常業務と質的に著しく異なる場合」の程度(事務職の労働者が激しい肉体労働を行うなど)を検討し評価するとしている。

今回の改正で、これまでの長時間の時間外労働の水準に至らないが、これに近い時間外労働が認められる場合、これら「労働時間以外の負荷要因」を考慮し、一定の負荷が認められるときには、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断することとされている。加えて、「労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮するに当たっては、労働時間がより長ければ労働時間以外の負荷要因による負荷がより小さくとも業務と発症との関連性が強い場合があり、また、労働時間以外の負荷要因による負荷がより大きければ又は多ければ労働時間がより短くとも業務と発症との関連性が強い場合があることに留意すること」と書かれている。

これまで80時間に満たず、70数時間の場合、どの程度、他の負荷要因があればいいのか、60数時間ではどうなのかとあいまいであったのが、60時間でも負荷要因の評価によっては認定の可能性が上がったのではないかと推測できるが、実際は今後事例を重ねていくしかないだろう。

異常な出来事の明文化

「短期間の過重業務」については、

  1. 発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合
  2. 発症前おおむね1週間継続して、深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合

の2つを例示し、「労働時間以外の負荷要因」については、「長期間の過重業務」の場合と同じく別表1,2で評価するとした。

「異常な出来事」については、異常な出来事の内容を以下の5つに明確化した。

  1. 業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合
  2. 事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合
  3. 生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合
  4. 著しい身体的負荷を伴う消火作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行った場合
  5. 著しく暑熱な作業環境下で水分補給が疎外される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合


あと一点、対象疾病に「重篤な心不全」が追加された。これまで不整脈が原因の心不全等は、「心停止」に含めていたものを分離し、「重篤な心不全」として新たに設けた。

以上が今回の改正点である。

今後の実際の運用がどのように行われるのか、非常に気になるところである。

関西労災職業病2021年10月526号

【参考】

【最新】20年ぶりの脳・心臓疾患労災認定基準の改正-新旧認定基準の比較と運用上の留意事項が参照可能、地方公務員災害補償基金・人事院の新通知も掲載(全国安全センターHP)

基発0914第1号令和3年9月14日血管病変等を著しく増悪させる脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について(新認定基準)

脳・心臓疾患の労災認定基準を改正しました(厚生労働省2021年9月14日)