新型コロナウイルス労災請求1万件/ 休業補償停止事案について厚労省に要請
請求1万件超、認定5千件超
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るい始めて1年以上が経過した。COVID-19による労災は2020年5月に初の支給決定が行われて以来、請求件数、決定件数ともに急増、4月23日現在は請求件数10,218件、決定件数5,544件となっている。
コロナ労災認定状況20210423厚生労働省は、2020年4月28日に「新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱について」(基補発0428 第1号)の通知を各都道府県労働局へ出し、労災補償の対象疾病を定める労働基準法施 行規則別表第1の2第6号「最近、ウイルス等の病原体による次に掲げる疾病」の1「患者の診療若しくは看護の業務、介護の業務又は研究その他の目的で病原体を取り扱う業務による伝染性疾患」又は5「1から4までに掲げるもののほか、これらの疾病に付随する疾病その他の細菌、ウイルス等の病原体にさらされる業務に起因することに明らかな疾病」の運用について、具体的に示した。
国内においては、ア.医療従事者は業務外の感染が明らかな場合以外は労災の対象とすること、イ.医療従事者以外では、感染経路が特定されたものを対象とすること、ウ.それ以外は、医療従事者以外で感染経路が特定されない場合でも感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下での業務に従事していた労働者が感染したときに、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められるか否かを個々に適切に判断することとし、複数の感染者が確認された労働環境下での業務と顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務をあげている。
海外出張者の場合は、出張国が多数の本感染症の発生国で、明らかに高い感染リスクを有すると客観的に認められる場合、個々の事案に即して判断するとしている。
労災認定状況の話に戻るが、表の通り、4月23日時点で請求件数は1万件を超え10,218件、決定件数5,544件、うち支給件数は5,340件となっている。単純に考えると決定件数と支給件数の差の200件ほどが不支給となっていると思われる。以前に厚労省に不支給事案の理由について訊ねたことがあるが、その時点ではほとんどが調査の結果、病名がコロナウイルス感染症と確定されなかったためであったようだ。その後も件数は増加しているが、それ以外の不支給理由があるのかは確認できていない。
業種別にみるとやはり、医療従事者が圧倒的に多い。それ以外では、運輸・郵便業、宿泊・飲食サービス業、卸売・小売業など、人と接触すると思われる業種が多く、その次に製造業、建設業などの順である。
また地方公務災害基金の公表している公務災害件数は、3月24日の時点で、請求件数433件、公務上が312件、調査中が121件で公務外は0件と、今のところ公務外と判断された事案はない。業種別では看護師が圧倒的に多く、次に警察官、それから医師で、看護師の10分の1くらいの数となっている。意外に思ったのは義務教育以外の教員の請求が1人のみであったことで、京都市立のある高等学校でも教員2名の感染があったと聞いていたので、その教員は公務上の感染ではなかったのだろうかと疑問に思う。
コロナ公務災害20210324厚生労働省は、COVID-19に係る労災認定事例21例をホームページで公表している。前述の通知(基補発0428 第1号)に示された事項に沿って、例示したものになっている。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に係る労災認定事例事例1~5は、医療従事者で業務外での感染が明らかな場合を除いて、原則労災の対象とした事例。例えば、感染経路が特定されなくても、日々多数の感染が疑われる患者を診療していた医師、複数の感染が疑われる利用者の介護業務に従事した介護職員、多数の感染が疑われる患者に対するリハビリテーション業務に従事した理学療法士など。
6~10は感染経路が特定された事例で、店内でクラスターが発生した飲食店店員、児童の感染が確認された児童クラブの職員、感染が確認された同僚と車に同乗した建設作業員などだ。
11~13は、医療従事者以外で感染経路が特定されない場合の対象事例で、複数の感染者が確認された労働環境下での業務。発症前14日間に同じ事務室で他にも感染者が勤務していたことが確認され、私生活での感染リスクが非常に低い状況にあった営業職従事者など。
14~21は、同じく医療従事者以外で感染経路が特定されない場合の対象事例で、顧客等の近接や接触の機会が多い労働環境下での業務で、日々数十組の接客を行い、私生活では感染リスクが低い状況だった飲食店員、日々数十人の海外や県外からの乗客を輸送・接客するタクシー運転手、日々不特定多数のトラック運転手等と近距離で会話を行う等感染リスクが相対的に高く、私生活で感染リスクが低い状況にあった港湾荷役作業員があげられた。
少なくとも、感染経路が特定されなかったとしても、直ちに不支給とはせず相対的に感染リスクが高く、私生活での感染リスクが低い状況下にあれば認定されるということだろう。少し気になるのは、私生活での感染リスクが低いことも条件に入っているようで、私生活であるので自己申告しなければ詳細は分からない話ではあるが、些細な私的外出などから感染の可能性を指摘されるようなことなく、速やかに認定されるべきであろう。
都道府県別の労災認定状況は、全国労働安全衛生センター連絡会議(全国安全センター)によると下表のようになっている。全国の合計と件数があわないのは、各県で集約された日が異なるためである。大阪は東京の次に多く、請求420件、決定件数119件、支給件数118件、不支給1件となっている。不支給の1件は、傷病がCOVID-19と判断されなかったためということだった。請求件数に対して決定件数が追いついていない状況であるが、不支給は少なくてよかった。北海道、神奈川では10件ほど不支給となっていることに気がつく。都道府県ごとに病名診断に差が出るのだろうか、気になるところである。
コロナ労災認定件数都道府県別休業補償停止事案
これだけ請求件数も認定件数も増加したので、労災認定上の課題もいくつか見えてきた。
労災請求すれば9割以上が業務上決定を受けているので、不支給の相談が寄せられたことはまだないが、COVID-19の症状は多岐にわたり、症状が長引いたり、重い後遺症が残る場合、適切な労災補償を受けられるのか気になるところだ。そんな中、名古屋労災職業病研究会(労職研)が支援する被災者で以下のような事例があった。
愛知県内の有料老人ホームで働いていていた70代の介護労働者は、2020年7月中旬、COVID-19に感染し入院した。ICUでの治療を経て8月上旬に退院したが、関節痛や倦怠感、微熱、手のしびれ、頭皮のかゆみ、湿疹、胸痛、息苦しさなどが継続し、通院を続けていた。9月に労災認定されたが11月半ば以降の休業補償が停止された。しかし、呼吸器内科での受診が続いているにもかかわらず、年が明け2月になっても支給されなかった。10月と11月に気分が落ち込むことがあったので心療内科を受診しており、そのことが原因と考えて、労職研は、管轄の名古屋北労働基準監督署に心療内科の医療費だけを保留にして休業補償の継続支給を求める要望書を提出した。それに対する回答は、「精神障害での受診について調査しているから、調査が終われば支払うべき部分は支払う」ということだった。厚労省は急性期の症状が収まれば、労災を打ち切る方針ではないかと懸念し、衆議院議員の阿部知子氏の事務所を通して照会をかけたところ、「精神障害に係る調査を行っているところで、呼吸器内科での受診内容に精神障害等の呼吸器以外の療養も含まれているため、呼吸器科の主治医が証明する傷病名と治療内容との関係や休業の必要性についても調査を必要とする」ということだった。
被災者が今も患う、頭皮のかゆみや湿疹、胸痛、息苦しさや関節痛、倦怠感、微熱、手のしびれはCOVID-19の症状の継続であり、感染前にはなかった症状だった。
この事例から、COVID-19労災の早期の症状固定の判断と労災補償の打ち切りが行われる事を危惧し、全国安全センターは2021年4月1日、「新型コロナウイルス感染症に罹る労災補償における休業補償支給停止問題に関する緊急要請」を厚労省に提出し、交渉を行った。しかし、厚労省の回答としては、COVID-19の症状についてはまだ研究中で、療養状況に変化があれば、支給を止めて調査するなど、残念ながら一般論に終始した。
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関西労災職業病2021年4月520号