障害補償請求で自庁取消~頸椎傷害の障害10級から7級へ変更
再審査棄却から提訴
本誌2019年1月号で再審査請求中であると報告したKさんの障害補償について、自庁取り消しとなり障害等級10級から7級へと変更された。
Kさんは、頸椎のヘルニアと両肩腱板断裂で労災認定を受け、2017年1月に症状固定となったが、後遺障害は非常に重く、主治医の三橋徹医師(田島診療所)の診断では7級ということだった。しかし、大阪西労働基準監督署が障害等級10級と決定したため、審査請求したところ2018年1月に棄却となり、労働保険審査会に再審査請求したが、2019年2月に再審査請求も棄却され、2019年7月に労災障害等級の取り消しを求めて大阪地裁に行政訴訟を提訴した。
労働基準監督署の決定した障害等級の内容は、首は頸椎C5-7に前方固定術が行われていることから、「せき柱に変形を残すもの」で11級、右肩、左肩それぞれの疼痛は「局部にがん固な神経症状を残すもの」の12級で同一系列の神経症状2つで11級とし、11級が2つなので併合により10級というものだった。実際は首、両肩ともに、可動域が通常の2分の1以下に制限されているのだが、意見書を書いた地方労災医員に、どちらも疼痛による可動域制限であるとして、後遺症と評価されなかった。
審査請求でも棄却されたが、その理由も納得できないものであった。
症状固定の時点で、2分の1以下の可動域制限があること自体は認めているものの、頸椎については、頸椎前方固定術を受けた1年3か月後の測定データでは、参考可動域の2分の1である55度を少し超える68度であったことから、その後に経年的な変成が加わって生じたものであり、両肩の可動域制限も同様に、腱板縫合術後、10年以上経ってから可動域が低下していることから、経年変化によるもの、つまり加齢によるというのが、大阪労働者災害補償保険審査官の判断だった。
労働保険審査会による再審査の判断も、まったく変わらず、再審査請求を棄却した。
何年も前の測定値で判断する矛盾
前回の原稿でも述べたが、Kさんに対する障害等級の判断は、非常に特殊、もしくは異常なものと言わざるを得ない。
障害等級の判断に当たっては、当該労働災害による傷病によるもののみを評価し、それ以外の原因による障害は対象としない。例えば、労災による傷病が生じた部位に、既往症があった場合などである。既往症として腰椎にヘルニアを有していたところ、業務上の事故で腰椎のヘルニアを増悪させて療養の必要が出た場合、今回増悪した結果生じた障害のみを評価し、それ以前からあった症状については審査の対象としない。
今回は、労災の傷病から回復後に生じた障害が経年的な変化、つまり加齢による私病であるので後遺障害の対象としないとされた。通常はこのような判断がされることはほとんどないだろう。なぜならば、経年変化を起こる前に症状固定と判断されて障害補償の審査が行われることになるからである。
審査官は判断にあたって、頸椎前方固定術の1年3か月後の時点の可動域の数値までが、労災の後遺症のである、両肩についても2017年の症状固定の10年以上前の時点の可動域の数値までが後遺症で、それ以降の可動域の低下は業務上災害と関係がないものとした。しかし、審査官の主張する時点で症状固定にせずに、それ以降もKさんは労災保険による療養が認められており、他ならぬ労働基準監督署が2017年まで治療の必要があると判断していたということで、大きな矛盾を起こしている。
このような判断の容認は、遡って何年も前の時点の症状固定を認めることになってしまうし、制度の基準を無視する様なものである。
今回おかしな判断がされたのは、Kさんの療養期間が非常に長かったために、なんらかの意図が生じたのではないかとも推測される。
その背景には、ここ数年、長期療養者について労働基準監督署側が、強引に労災保険の打ち切り決定を行うなどの厳しい処置を度々行ってきたことがある。保険制度であるので、何十年と長期にわたって療養を続けるのは容認しにくいことは理解できるが、打ち切りに当たって、被災者の聞き取りを十分に行わなかったり、主治医の意見をまったく考慮せずに一方的に期限を通告してくるなどということがあり、被災者が不利益を被っている。
そのために、Kさんの障害等級についても、何年も前に症状固定だっただろう、とわざと特殊な判断をしたのではないかと思えてくる。
新たな医証?提訴後の等級変更=自庁取り消し
再審査請求も判断が変わらなかったため、2019年7月に大阪地裁に行政訴訟を起こした。位田浩弁護士、竹薮豊弁護士がKさんの代理人となった。
提訴後、やはり医学的所見が重要であるとの裁判官の判断で、これまでKさんが受診した各医療機関のカルテを取り寄せることとなった。膨大な医療情報が裁判所に提出された後、国側は労災医員に意見を求めた。
この意見から国側の主張が提出されれば、それをみて原告側の意見を準備しようと待っていたところ、2020年8月、原処分庁である大阪西労働基準監督署からKさんに連絡があり、障害等級を7級に変更するということだった。
大阪西労働基準監督署は自庁取り消しとし、8月26日付けで変更決定を行った。
そのため係争中の行政訴訟は、取り下げることとした。
変更された障害等級の内容は、新たに意見を求めた医師の判断により、頸椎の運動制限について事故との因果関係が認められて、可動域が2分の1以下なので、障害等級8級とし、両肩の神経症状12級と併せて併合7級と認定したということだった。
変更決定の調査復命書の情報開示請求を行った。
開示された大阪労働局地方労災医員の意見書によると、2013年11月のX腺画像で、頸椎に骨棘形成などが認められ、それによる屈曲可動域制限を来している、これら変化は頸椎前方固定術後の隣接椎間障害によるものと考えられる、としていた。また疼痛による可動域制限であるという判断も否定した。
これによって、頸椎の可動域制限2分の1以下で「せき柱に運動障害を残すもの」で障害等級8級と判断された。
Kさんは併合7級となり、10月からは障害補償年金の支給が開始された。
こちら側としては、主治医三橋先生の7級との主張が通った形になり、大変喜ばしい。Kさんは、年金という形で今後も継続して補償を受け取ることができる。
しかし、審査請求から支援してきた当センターとしては、なぜ労働基準監督署の段階で認める事ができなかったのかと、悔しくはある。障害補償請求の審査で2017年のX腺画像は提出しており、それからでも隣接椎間障害があるのは十分読み取れたと考えられるので、やはりこれまでの判断が、訴訟に耐えられないという事に気づいて、自庁取り消しするために隣接椎間障害という意見をひねり出したように感じてしまう。
監督署段階では疼痛による可動域制限とし、審査請求では症状固定のはるか前のデータを持ってきて、現在の障害を否定、と理由も変化し否定するために無理な主張を重ねているようにしか見えず、素直に新たな医証で判断された、とは受け取ることができない。
しかし、行政訴訟まで粘り強く頑張ったKさんと、何度も意見書を作成して尽力した三橋医師、代理人となった位田、竹薮両弁護士の協力と微力ながらセンターも手伝ったことで得られた結果である。
労災認定後も生活は続く
Kさんは労災休業を始めてから治療のため田島診療所近くに居を構えている。労災認定された頸椎と両肩の疼痛や運動制限に加えて、長年歯切り工として身体を酷使してきたため、足も悪くなってきている。また残念ながら妻を先に亡くして一人暮らしとなったが、週に何回かヘルパー支援を受けながら無事暮らしている。今回年金支給が決まり、今後の生活がよりよいものになる事を望む。
Kさんのケースは、特殊な事例のような気もするが、近年の長期療養者への扱いを考えると、同じような判断が再びされる可能性は否定できない。
大阪西労働基準監督署には、訪問したときに今後このようなことがないように要請はしたが、気をつけておかなければならないだろう。
関西労災職業病2021年3月519号