不可解な社会保険資格の喪失と年金事務所の怠慢/大阪

社会保険、すなわち健康保険と厚生年金は、資格の取得と喪失の手続きを事業主が行う。そして被保険者である従業員の社会保険料の自己負担は賃金から控除され、事業主が納付義務を負う。また、従業員が何らかの事情で休み続け、賃金を支払っていないから控除できない、だから今月の社会保険料は支払わない、ということは認められない。事業所にとってはなかなかの負担になるが、従業員の現在と将来を守る重要な保険であるから、おいそれと資格喪失などはできないはずである。

健康保険法でも資格喪失は被保険者である従業員が①死亡したとき、②退職したとき、③健康保険法3条但し書きに該当するとき(船員保険の被保険者になったとき、臨時に使用されるものになったとき、後期高齢者医療の被保険者になったとき、等)、④事業所が健康保険の適用事業所でなくなったとき、である。

ところが、業務上疾病などで長期休業している従業員の社会保険を、事業主が喪失させるという事件が続いた。

このようなとき、従業員は確認請求という法律上の手続きに従って防衛することになる。日本年金機構のウェブサイトによると、「健康保険及び厚生年金保険の被保険者の資格取得及び資格喪失は、適用事業所の事業主の届出により行われ、保険者の確認によってその効力を生じます。しかし、事業主の未届又は事実と相違する届出が行われた場合には、後日、被保険者が保険給付等を受けるときに不利益を被ってしまう場合があるため、被保険者又は被保険者であった者が、自らも保険者へ被保険者資格の確認の請求ができるようになっています」と説明されている。

たとえば、病気で長期療養をしている従業員がいるとする。通っている病院では、少なくとも1か月に1度は被保険者であることを確認するために、保険証がチェックされる。しかし、あるとき病院の受付で「この保険証は無効になっているので先月分から自費になります」と言われることを想像してもらいたい。入院などすれば高額療養費制度も利用するし、傷病手当金の請求もする。社会保険の資格を失ってしまうと、安心して治療を受けられないばかりか、療養中の生活にも多大な影響を与えることになるだろう。そのため、確認請求が行われた場合、処分庁も速やかに調査を行い、当該労働者が保険給付を受ける権利を回復させなくてはならない。

ところが実際に確認請求を行ってみると、所轄の年金事務所の対応が非常に悪い。

業務上疾病で休業中のある従業員のケースでは、休業を開始した時期が平成28年10月26日であった。事業所の就業規則によると、休職が認められる期間が1年6か月であり、平成30年4月25日に自然退職という扱いになっていた。労災請求は平成30年4月27日となっており、この「自然退職」後ではあるものの、業務上疾病が認められたため職場復帰を求めている。当然社会保険の回復も求めているが、事業所が頑なに拒否している。所轄労働基準監督署も解雇制限期間中の解雇について事業所を指導しているにもかかわらず、年金事務所は確認請求に対して却下の決定を下した。

もう一つの例は、労災ではないが、適応障害で毎月事業主に診断書を送付して休業する旨を伝えているにもかかわらず、精神疾患になるような従業員に社会保険加入は不要だ、と資格を喪失させてしまったケースである。事業主は大阪府会議員を務めるような人物だが、極めて常識がない。わざわざ書面で「解雇はしません。しかし社会保険は先月分から解約します」と通知してくるほど程度が低い。この事案に対し、所轄年金事務所は当方に「職権で回復できない」と電話で伝えてきた。理由を尋ねると「タイムカードなどの出勤状況が分かるものがないから」と言う。この理由だと、がん闘病中でも骨折して療養中でも、長期療養者はおしなべて社会保険の資格を喪失してしまうことになる。こんな非常識な話はないが、結局却下されてしまった。却下理由も「退職はしていないが、常用であるか不明であるため」と記載されている。

両ケースとも審査請求を行い、原処分に対して不服を申し立てることになるが、両ケースで共通していることは、年金事務所が聴取のために、事業所を呼び出したときに事務所代理人として弁護士や社会保険労務士が出席し、被保険者資格を回復させても回復分の社会保険料を支払う意思はないし、強制的に徴収された場合は決定について争うという意思を示していると点であった。社会保険は労働者にとって基本的なセイフティネットであるのだから、年金事務所にはこのような不当な圧力に屈せず、原理原則を貫いてもらいたい。

関西労災職業病2020年11・12月516号