通勤災害の認定について(1)帰宅途中の飲酒

会社歓送迎会めぐる最高裁判決

2016年7月8日、最高裁判所で、ある労災事件に関する判断が示された。被災者は、一度は断った会社の歓送迎会に、重ねて上司から出席要請を受け、仕事を一時中断して会場に向かった。会では飲酒をせず、再び仕事に戻る途中に交通事故で死亡している。最高裁は、被災者が歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況で、 その後、残業に戻ることを余儀なくされた、と指摘、歓送迎会が会社の活動に密接に関連したものであるため、 業務上と認めた。

このケースは個別の業務上認定をめぐる判断であって、 会社の歓送迎会というものがおしなべて仕事の一環であると、 粋な判断を最高裁が下したわけではない。

この事件の背景は、

  1. 上司からどうしても会に出席してほしいと再三頼まれ、 翌日期限の仕事があるなら会のあと手伝う、 とまで言われたことから、 被災者は出席せざるを得ない状況におかれた、
  2. 会そのものが上司の企画によるもので、 詳しいことはともかく会社の事業に密接に関連していた、
  3. 当初から会社が車で送迎する予定の同僚を、 被災者が送ってあげた、

という点から、 被災者が事故当時会社の支配下に置かれていた、 と判断されたのである。
しこたま飲んであとは帰って寝るだけ、 という事案とはまったく異なる。

この事件について、「酒を飲もうと遊んでいようと、いずれにせよその後に会社に行くのだから、 通勤災害じゃないか」 と思う人もいるかもしれない。 しかし通勤災害として認められるためには通勤途上の災害である必要があり、 「職場に行く」 という行為そのものが何でも通勤として認められるわけではない。

労災保険法上の「通勤」

労働者災害補償保険法上の通勤とは、

  1. 住居と就業の場所との間の往復、
  2. 厚生労働省で定める就業の場所から他の就業の場所への移動 (複数の仕事を持っている人で最初の仕事を終えてから次の仕事に向かうことが 「通勤」)
  3. 1.に掲げる往復に先行し、または後続する移動 (単身赴任者が家族の元に帰ったり赴任先に戻ったりする移動が「通勤」)

の3形態で、居酒屋から職場への移動はこのどれにも当てはまらないため通勤にはならない。
このように本件自体は業務上外についての判例であるが、「どこかで一杯やってから帰る」というのはよくある話である。どのような場合に、寄り道をしても通勤災害として認められうるか、 考えてみよう。

逸脱と中断

鉄道で帰宅すると、夜が更けるほど酔客が多い。その中には足元が危なっかしい人もいて、階段で転ぶ人やどこかにぶつかる人もいる。これら酔客は確かに家に帰る途中だが、それは必ずしも通勤にはならない。

先に述べた「通勤」の3形態には、さらに「就業に関し」 という一言が付く。
この5文字が増えることで、「業務に就くために職場に行く」、 そして 「業務を終えて住居に帰る」と、移動の前後の活動を就業に限定する。「業務を終えて、食事をしてから、住居に帰る」 場合は行為が一つ増えてしまい、 限定されている通勤の範囲を超えてしまう。

労災保険法は、 「往復の経路を逸脱し、または往復を中断した場合においては、 当該逸脱又は中断の間及びその後の往復は、通勤としない(途中、適当に略)」と言っている。

この条文上に見られる「逸脱」とは、通勤の途中において就業または通勤とは関係のない目的で合理的な経路をそれることをいい、「中断」は、通勤の経路上において通勤とは関係のない行為を行うことを指すが、要は、移動以外の行為を行った途端、その行為自身もその後の通勤も、 労災保険法上の通勤ではなくなってしまう。 もはや一杯やるどころではなく、とにかく真っすぐ帰ることが求められている。

さらに法律上はその往復について 「合理的な経路および方法で」 と通勤方法まで限定しているため、 雰囲気だけでも味わおうと途中下車をして繁華街をぶらぶら歩く ことも許されなくなってしまう。

「ちょっと一杯」は?

ここまでが条文を読んだ限りの解釈であるが、行政の発行する解説を読むと、「労働者が通勤の途中において、 経路の近くにある公衆便所を使用する場合、 帰途に経路の近くにある公園で短時間休憩をする場合や、経路上の店でタバコ、雑誌等を購入する場合、 駅構内でジュースの立飲みをする場合、経路上の店で渇をいやすため極く短時間、お茶、ビール等を飲む場合…(中略)のように労働者が通常通勤の途中で行うような些細な行為を行う場合には、逸脱、中断として取り扱わないこととなる」 と書かれている。

ここに至ってようやくビールを飲んで帰っても通勤災害として認められる可能性が出てきたが、 並列されている他の例、例えば通勤途中のトイレや売店での購買はそんなに時間を要するものではない。これらを基準に 「極く短時間」 と言われると、 混んだ店に立ち寄ってしまった場合、ビールが出てくる前に退散しなくてはならなくなってしまうではないだろうか。

それでは困るので、先に何が逸脱・中断にあたるのか調べてみよう。

解説に具体例として挙げられているのは
「通勤の途中で麻雀を行う場合、映画館に入る場合、バー、キャバレー等で飲酒する場合、デートのため長時間にわたってベンチで話しこんだり、経路からはずれる場合」と書かれている。
ここから類推すると、 単に時間だけの問題ではなく退勤後に確たる目的をもって雀荘、 映画館、 飲食店など次の目的地に向かう場合に逸脱・中断として判断されるのではないだろうか。

帰宅途中に喉の渇きを覚えて 「ちょっと寄っていくか」という程度であれば、些細な行為として扱われる。 最近の大阪市内の各駅はこの点よくできており、 駅構内でも立飲処が見られるようになった。 真っすぐ帰宅するつもりで事業場を退勤して、 駅構内に立飲処を発見するとする。 「喉も乾いたし少し寄って行こう」と暖簾をくぐるのであれば、ある程度の時間が 「極く短時間」として認められうるだろう。

関西労災職業病2016年9月470号