ハラスメントで要望書提出し、厚生労働省交渉(7/30)

全国安全センターメンタルヘルス・ハラスメント対策局

七月三十日、神奈川労災職業病センターも参加している全国労働安全衛生センター連絡会議メンタルヘルスハラスメント対策局が、厚生労働省本省と交渉をした。(文末に要望書)

ILO条約批准に向けてさらなる法改正を

 ILO(国際労働機関)は六月の総会で、「仕事の世界における暴力とハラスメント条約」を採択した。日本政府も賛成したが、批准するためには国内法のさらなる整備が必要である。厚労省の担当者の回答によると、「禁止規定」と「第三者によるもの」の範囲が大きな課題だという。この二点は使用者側の抵抗が強い。つまり、業務指導との境目があいまいで、ハラスメントの定義がはっきりしないので禁止するのは難しい、取引先や顧客などからのハラスメントの対応には限界があるというものだ。
 交渉の回答では、五年先の検討を待たずに改正すべきところは検討して改正していくという意気込みを感じるものであった。やはり更にハラスメントを許さない取り組みを強化し、グローバル経済でお金儲けだけする、世界の常識からかけ離れた使用者を追い詰めていかなければならない。

ハラスメント防止ガイドラインを充実したものに

 労働施策総合推進法等が改正されて、企業がハラスメントを防止する義務が課せられる。具体的に、どのようなハラスメントに対してどのように対応すべきかを、厚生労働省がガイドラインで示すことになっている。厚労省担当者の回答によると、八月から労働政策審議会を開催して、年内にはガイドラインが確定するとのこと。ハラスメントに限らずどのような法的定義も抽象的なものになるので、ガイドラインではできるだけたくさんの具体例を列挙する必要がある。
厚労省の担当者は、判例などを参考にしてというが、裁判の判例はきわめて限られており、事実認定も含めて主張そのものが大きく対立しているものであり、実はあまり参考にならないことが多い。厚生労働省が把握している労災認定事例を参考にすることを求めたが、法律の定義づけと「ひどいいじめいやがらせ」は必ずしも一致しないという一般的な回答にとどまった。しかし、具体例を参考にすること自体は否定していないので、厚労省および労働政策審議会に対して、できるだけたくさんの情報を提供することが求められている。

メンタル労災認定基準の改正を

 精神疾患に限らず、労災認定基準の改正を求める要求をすると、多くの場合は「現在の医学的専門的見地から検討されたもので、今のところ問題はないと考えます。新たな専門的な知見等が明らかになった場合は必要に応じて改正の作業に入ることになります」という教科書的な回答を聞かされることがほとんどであった。
 ところが今回の交渉では、こちらの趣旨も理解する姿勢も示した上で、「不十分な点があれば検討していきたい」、「業務外の事例の分析もしていくつもりである」という前向きな回答があった。もちろん具体的な検討作業が始まっているわけではない(始まっていても言えないのだろうが)とのことであったが、少なくともかみ合う議論ができたことは有意義であったと思う。
 精神疾患で療養中の労働者の場合は、「特別な出来事」(心理的負荷が「強」よりもさらに大きなストレスがあるとされる)がないと認められない。それは、発症後のストレスなどを全く評価しないこととも関連している。元気な人が心理的負荷が「強」で休業すれば労災認定されるのに、もともと精神疾患の障害を抱えつつ、あるいは発症後療養しながらも、さらに頑張って働いた人は、「強」では救済されないというのは、どう考えてもおかしい。早急な改正を求めていきたい。

労働時間の事実認定がおかしい

 精神疾患にせよ脳・心臓疾患にせよ、長時間労働による過労が原因となることは言うまでもない。ところが労働基準監督署の労働時間の算定について、請求人の主張を認めず、より厳しく=過少評価されることが増えている。会社には労働時間を適正に把握することが求められており、法改正で客観性を求められることになった。しかしながら、実態として、客観的に把握していなかった場合、会社側の主張を鵜呑みにする、少なくともよくわからない場合は働いていないとみなす事例が多すぎる。
 東京の監督署でしばしば経験してきたのであるが、神奈川でも同様の事例が増えているようだ。認定率が低い理由として、長時間労働が確認できなかった事例が増えたというのだ(P*参照)。本省としては認定基準や調査方法を変えたことはないということなので、今までの請求人の主張を尊重する現場の対応が、会社の主張を尊重するものに変わったとしか思えない。
(神奈川労災職業病センター機関誌2019年8月号転載)

2019年7月12日

厚生労働大臣 根本 匠 様

全国労働安全センター連絡会議
メンタルヘルス・ハラスメント対策局

労働安全衛生・労災補償に関する要望書

貴職の日ごろのご活動に敬意を表します。
全国労働安全衛生センター連絡会議(メンタルヘルス・ハラスメント対策局)は、貴職にたいして下記の要請をいたします。よろしくご回答いただきますようお願い申し上げます。

Ⅰ ILO総会について
  1. ILO第108回総会が、6月10日から21日にかけて開催された。それに先立ちILOは、「仕事の世界における暴力とハラスメント条約(案)」について、各国に対して、もっとも代表的な使用者・労働者組織と協議のうえ、意見を提出することを要求していた。日本政府は、今年の総会に向けてどのような意見書を提出し、総会ではどのような報告をしたのかをすべてホームページで公表し掲載すること。
  2. 昨年のILO総会について、厚労省のホームページには、議題は掲載されているが、日本政府がどのような主張をしたのかは一言もない。どのような主張をしたのかをすべてホームページで公表すること。
  3. 「仕事の世界における暴力とハラスメント条約」が日本政府の賛成をふくめて採択されたことをふまえ、日本政府は批准の手続きを開始しなければならない。
    批准に際しては「労働施策総合推進法」等の改正が必要となる。その手続きを早急に開始すること。特に、批准の条件を満たすように、以下の点を改正する必要がある。
    (1) ハラスメントの定義に人権保護、被害者救済の観点から「あらゆるハラスメントを認めない」を盛り込むこと
    (2) 現状をふまえるならば措置義務では効果はないことは明かである。さらに国連の女性差別撤廃委員会から禁止規定を創設するよう長年勧告を受けている。ハラスメントの禁止項目と罰則規定をきちんと設けること。
    (3) 範囲に「第三者からの暴力」の禁止を盛り込むこと
  4. 今後、どのような法整備等を計画しているか明らかにすること。
Ⅱ 「労働施策総合推進法」等の改正について(パワーハラスメント対策)
  1. 改正法は、この後「指針」を年内に作成することをうたっている。労働政策審議会開催をふくめて、そのスケジュールを明らかにすること。
  2. 2018年度(平成30年度)の精神障害で労災認定されたもののうち、「いじめ、いやがらせ又は暴行を受けた」が69件、「上司とのトラブルがあった」が18件に上る。この10年あまりの間に1000件以上のいじめによる労災事例を厚労省は詳細に把握しているのであるから、ハラスメント防止指針においては、これらの労災認定事例をできるだけ例示するようにすること。
  3. 毎年、厚労省雇用環境・均等局は「個別労働紛争解決制度の施行状況」を発表している。しかし「いじめ・嫌がらせ」の相談件数、助言・指導の申出件数、紛争調整委員会によるあっせんの申請件数は明らかにされているが、その後どのようになったのかは不明である。合意成立、不調、決定書通知、取り下げ等などの内容を明らかにすること。
  4. セクシュアルハラスメントについては、事業主に防止措置義務が課せられている。にもかかわらず、都道府県労働局には年間約7000件の相談が寄せられている。
    しかし、男女機会均等法が改正されてから今日まで、措置義務を遵守しない事業主に対する勧告違反に対する制裁である企業名公表は一回にすぎない。多くの被害者が泣き寝入りをしたりしている実態がある。
    約7000件の相談について、事業主が助言・指導を受けいれた件数、調停不調、取り下げ等などの内容を明らかにすること。
Ⅲ 労災補償について
  1. 2011年12月26日に通知された「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」は不十分な点が多いので早急に改善すること。以下に、そのいくつかをあげる。
    (1)既往症を持つ労働者が過重労働を強いられた結果、症状を増悪させる事案が後を絶たない。この現状を踏まえ、精神障害発症後の心理的負荷について、『特別な出来事』に該当しない限り業務起因性を否定する現在の労災認定基準を見直すこと。発症後の心理的負荷を評価し、その心理的負荷の総合評価が『強』の場合に、増悪との業務起因性を認めて支給決定すること。
    (2)「退職を強要された」という請求人の主張がほとんど認められておらず労災認定されない例があまりにも多い。給付担当者が労使関係を理解していないことが原因であると考えられるが、退職の「強要」と判断する基準を明らかにするとともに説明すること。
    (3)現在、非正規労働者の数は全労働者の40%におよんでいる。そもそも日常的に、認定基準の「具体的出来事」にある「非正規社員であるとの理由等により、仕事上の差別、不利益扱いを受け」ている状況にあり、「契約更新ストレス」を感じていて、ものを言えない状態にある。
    さらに、仕事上以外でも立場が弱いことを理由に濡れ衣を着せられたり、正規労働者の身代わりにさせられたりして雇用不安に追い込まれたりしていることもある。非正規労働者の際しては、この様なことも考慮して評価をおこなうこと。
    (4)「嫌がらせやいじめ」も、監督署の調査の結果、上司とのトラブルとされることが極めて多い。その基準を明らかにするとともに説明にすること。
  2. 脳・心臓疾患や精神障害の労災事件での労働時間の認定について、2018年3月30日付けの基監発0330第6号「過労死等事案に係る監督担当部署と労災担当部署間の連携について」において、監督担当部署と労災担当部署が密接な連携、協議の上で労働時間を特定することとされている。
    労災認定にあたっては、監督担当部署の判断に引きずられず、「業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行」うこと(労働者災害補償保険法 第1条)を目的とする労災保険制度の主旨を踏まえた労働時間の認定を行うこと。
  3. 今年4月からの働き方改革法の施行に伴い、これまで労災保険給付に係る業務に就いていた労働基準監督官が監督業務部署に異動したことから、労災保険給付に係る業務の部署において深刻な人員不足による業務負担が起こっているのではと懸念している。
    労災保険給付業務部署の人員不足から、大阪局や愛知局、兵庫局、東京局等では石綿関連疾患、脳・心臓疾患、精神障害等の労災請求事案に係る調査を集約して担当するセンターやチームが設置されたと聞いている。全労働局における、その設置状況の詳細を明らかにすること。
    また、労働基準監督官を増員するため、長期に渡り厚生労働事務官や技官の採用が中止されてきたが、今後の労災保険給付業務に支障が発生しないようにするため、全国で速やかに厚生労働事務官を増員すること。
Ⅳ 過重労働による健康障害の防止対策について
  1. 待機、自己啓発、自主休憩時間などと称して、職場にいることを義務づけながらも、労働時間として認めない企業(一部の労働基準監督署も)も少なくない。
    少なくとも職場にいることがはっきりしている場合は、労働基準法で定めている休憩時間以外は、原則全てを労働時間とみなし、労働者に働いていたことを証明させるのではなく、企業に労働者が働いていないことを立証させること。
    以上。