ストレスチェックから職場改善へ~集団分析は活かされているか
制度が始まって6年、活用状況は?
事業者にストレスチェックを義務付けるという労働安全衛生法改正案が国会で成立し、公布されたのは2014年6月、施行されたのは準備期間の1年半を経た翌2015年12月のことだった。
労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止するために、個々の労働者に「心理的な負担の程度を把握するための検査」(労働安全衛生法第66条の10、いわゆる「ストレスチェック」)を実施して、労働者自身のストレスへの気付きを促すとともに、職場改善につなげ、働きやすい職場づくりを進めるというものだ。
法律の施行により、ストレスチェック自体の実施は労働者数50人以上の職場に義務付けられ、50人未満の事業場でも努力義務とされた。ストレスチェックの結果は、実施者である医師等の専門家から労働者本人に通知され、自身による気付きを促す。高ストレス者と判定された場合には、本人の申し出により、事業者は医師による面接指導を実施する。そして面接指導の結果、事業者は医師から意見を聴取し、必要な場合は何らかの措置をとる。…とここまでが義務となっている。
しかしストレスチェック制度の目的は、職場改善につなげ、メンタルヘルス不調を未然に防止するということだ。そのために、この制度設計で重点が置かれているのは、職場の集団ごとに結果を集計・分析し、単位ごとのストレス状況を把握して、その後の職場改善に活かすというプロセスだ。
そのための法令上の規定は労働安全衛生規則に次のように記述されている。
第52条の14 事業者は、検査を行った場合は、当該検査を行った医師等に、当該検査の結果を当該事業場の当該部署に所属する労働者の集団その他の一定規模の集団ごとに集計させ、その結果について分析させるよう努めなければならない。
労働安全衛生規則
2 事業者は、前項の分析の結果を勘案し、その必要があると認めるときは、当該集団の労働者の実情を考慮して、当該集団の労働者の心理的な負担を軽減するための適切な措置を講ずるよう努めなければならない。
未然防止のためには、検査の結果明らかになった高ストレスの原因を集計・分析により突き止めて、職場を改善して除去するということだ。この制度の趣旨からすると、ここまできて目的達成ということになるのだが、条文の記述は「努めなければならない」という努力義務の規定となっている。たしかに、集団分析の手法の例は行政通達で示されているとはいえ、職場ごとの事情で画一的なものとすることはできず、職場改善のすすめ方となると、それこそ千差万別だから具体的な措置の義務付けは意味がなさそうだ。
ただそうは言っても、事業者が実施機関に委託して、お定まりの「職業性ストレス簡易調査票」にもとづく検査を実施し、それで法律上の義務を果たしたから終りというのではこの制度の意味はない。むしろ検査による情報収集だけが行われるとなると、個人のストレス情報がもてあそばれるだけとなってしまうので、マイナスの効果しかないことになってしまう。
職場改善の取り組みは30%台
このような状況で何らかの指針のようなものが必要とされているところだ。
厚生労働省は、令和3年度の厚生労働省委託事業「ストレスチェック制度の効果検証に係る調査等事業」で、事業場と労働者を対象としたアンケート調査を実施し、制度実施に係る課題に対する工夫例をまとめた事例集「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」をHP上で公表している。
このアンケート調査によると、令和2年度で8割を超える事業場でストレスチェックが実施されており、努力義務となっている50人未満の事業場でも約4割が実施しているという。ただ本支店等ではない単独で50人未満の事業場では実施率は1割以下にとどまっている。
ストレスチェックの結果、高ストレス者と判定される割合は大半の事業場で5~20%となっているが、その高ストレス者のうち、医師による面接指導を申し出る者の割合は5%未満だという。
高ストレス者と判定されたとしても医師による面接指導を申し出ると、自らが高ストレス者であることを事業場に明らかにすることになるのだから当然ともいえるが、制度上の問題点といえるだろう。
結果の集団分析とその後の職場改善の取り組みについては、集団分析を実施する事業場は令和2年度で85.0%、職場環境改善に取り組んでいる事業場は30%台後半で推移している。
集団分析については、職業性ストレス簡易調査票と連動した「仕事のストレス判定図」を用いた分析がマニュアルで紹介されており、検査実施機関が分析結果報告まで行うことができる。そのため集団分析までは比較的簡単に進むこととなる。
しかし問題は、ここから職場改善にどのように進めるかということだ。アンケート調査結果では3割程度の事業場で実施しているとの数字が出て切るが、その内容こそが問題ということになる。
効果的な実施の事例も数々
事例集「ストレスチェック制度の効果的な実施と活用に向けて」では、その後半で数々の職場の改善事例が紹介されている。たとえば、職場の課題を明らかにするために、「メンタルヘルスアクションチェックリスト」や「MIRROR(メンタルヘルス改善意識調査票)」等を活用する際に、職場の実情に合わせてカスタマイズすることにより成果をあげている事例など、それぞれの職場の段階や状況に応じて参考とすることができる。
小規模な事業場の場合は、地域産業保健センターを活用するヒントなども参考になる。
また、この事例集のコラムでもふれているが、そもそもストレスチェック制度をうつ病になっている人を見つけ出すためのものと誤った理解をしている場合が少なくないという現状がある。アンケート調査の回答では、「事業者・労働者ともに一定の割合で、ストレスチェック制度の目的はうつ病等のスクリーニングであるとの誤った認識が見受けられた」としている。「ストレスチェックに用いられる職業性ストレス簡易調査票は、事業者が労働者の意図しない形で職業性のストレス状況に関する情報を収集するためのものではなく、労働者が自身の職業性のストレス状況を把握することを目的として開発されました。」とあらためて解説している。
職場のストレス状況を明らかにして、職場環境にある原因を突き止め改善し、働きやすい環境を作るという本来の目的がさらに周知される必要があるだろう。
課題が山積しているストレスチェック
ストレスチェック制度が義務化されて6年が過ぎ、課題や問題点はいろいろと現れている。よく指摘されている課題を列挙してみる。
- そもそも労働者が正直に回答できるような体制ができているかどうかということ。個人の回答の秘密が守られるか、答えることにより相応の気付きが得られるかどうかということがある。
- 高ストレス者と判定されて、医師の面接を受けやすい枠組みができているかどうか。労働者、事業場ともにメリットがあると認識できる分かりやすさが必要だ。
- ストレス情報は人や組織が関係している機微な個人情報のかたまりであり、情報の漏洩がないことを明確に示せているかどうかという問題。
- 高ストレス者であるが医師の面接指導を希望しない労働者をどうフォローするかという問題は、その事業場の産業保健体制や産業医活動の問題となる。
- 面接指導により、医師が事業場に対して意見を具申した際に、どのような措置の実施につなげるのか、問題が生じるときの対応をどうするかという問題がある。
- 集団分析と職場改善の取り組みについては、組織内での上司と部下との関係など、職場の混乱が生じないか、そのための進め方や手法の選び方など。
効用が見える取り組みが必要
ストレスチェック制度はそれだけで完結するものではなく、事業場の健康管理体制の一つのツールとして位置付ける必要がある。一人一人の労働者が調査票に回答しても、いつものように結果の通知があるだけ、ということになると、答えようとするモチベーションもなくなり、単なる意味のないルーチンになってしまう。
個々の結果が集約されて分析され、一定の傾向が示され、職場の問題点を掘り下げる取り組みが労働者の参加で進められ、その結果として改善が実現でき、さらに一定期間後にフォローの取り組みがされる。そのようなストレスチェックを端緒とした働きやすい職場づくりができたとしたら、この制度の効用があったということになる。
今後、より多くの職場での改善へ向けての取り組み事例が集積されることが望まれる。
関西労災職業病2022年5月532号
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