サムソン職業病調停合意/サムソン職業病被災者からの報告を受け交流会

アジアの労災職業病運動で連帯を

3月 13 日、 韓国からのゲストを招いて、第2回「なくそう労災職業病」交流会を大阪で開催した。交流会第1回は2017 年12月に開催したが、 化学物質ばく露などから多くの職業病被害者を出したサムソン電子を相手に、 10年闘ってきた被害者たちとその支援団体のパノリムを応援しようという主旨で計画したものだった。 パノリムの闘いについては、 本誌2017年11 月号や 「韓国からのニュース」 の中で紹介している。
パノリムが活動を始めたのが2007年、そのきっかけになったファン・ユミさんの白血病死が労災と認められてからは、 訴訟によらずとも労災と認められるケースが増え、 2015年には専門家や有識者による調停委員会が作られた。 ところが、サムソン側が調停委員会の出した調停案を拒否して、独自の補償制度をスタートさせたため、パノリムは2015年10月より、サムソン本社前で抗議のテント籠城を開始した。 前回の集会に招いたときは解決を見ないまま2年あまり籠城が続いていた。
そして2018年7月、 サムソンとパノリムの両者は、 調停委員会の作成する調停案を無条件で受け入れるという合意に至った。1023日目にテントは撤収された。その後、11月23日に、仲裁判定履行合意協約式が行われ、 正式に仲裁協約に調印された。
3月13日の集会では、パノリムに調停合意までの経過報告を依頼した。

パノリム、 「シーズン2」 開始

今回のな く そう労災職業病集会の内容は盛りだくさんであった。
まず「クリーンルームの話」 というサムソンの被害者たちを取材したドキュメンタリーを上映した。パノリムがIPENという化学物質の環境汚染問題に取り組むネットワーク組織の助成を受けて作成したものだ。以前に映画「もうひとつの約束」やテレビの特集番組「ゴム靴の花」の上映も行ったが、これらが「闘争」を描いたものだったのに対して、今回のドキュメンタリーは、 被災した元労働者とその家族のインタビューで構成され、発病後の彼、彼女の病状、生活、現実をリアルに見せる内容だった。 前回と今回も日本に来てくれたカメラマンのイ・ビョングクさんが撮影した。
次に、 サムソン電子半導体工場の元労働者、ハン・ヘギョンさんがパワーポイントを使って話をした。
ハンさんは、 脳腫瘍の後遺症で手足が不自由で発語もスムーズにできない。 そんな彼女が、 日本まで来て実体験を話してくれた。 1995年、 高校3年生の時にサムソン電子に入社し、 ディスプレイ工場で3交代勤務をした。 基板の部品検査やハンダ付け作業に従事し、 イソプロピルアルコール、アセトンなどに曝され、 様々なフラックスも使用した。 仕事を始めていつも疲れている状態になり、生理がなくなる、顔にできものがたくさんできるといった症状で心配になって、 6年目に退社。しかし2005年に脳腫瘍を発症し、手術を受けた。2008 年にパノリムを知り、2009年、脳腫瘍で初めて労災申請した。 残念ながら労災認定されなかったが、その後、脳腫瘍で労災と認められる人が出始めた。話の最後に、ハンさんはこうしたことが再び起こらないようにすることが重要だと訴えた。ハンさんは、リハビリのために絵を描いている。会場にはその絵が展示され、 その絵をあしらったマグカップも販売された。
次にパノリムの運動の中心を担ってきたイ・ジョンラン労務士から、「サムソン電子職業病闘争」 について報告を受けた。
最初は把握していた被災者はファン・ユミさんのみだったので、 工場前で抗議行動をしたり、 垂れ幕を出して被災者や情報提供者を探していった。 昨年調停合意後は、情報提供者が増えて200人以上から連絡があった。 2019年2月までの情報提供は616人分で、うち185人が死亡している。サムソン電子では444人でうち132人が死亡している。またこの中に入っていない、不妊や流産という被害もとても多い。 パノリムはこれまでに14回労災の集団申請を行い、 その人数は137人。 当初はほとんど認定されなかったが、 少しずつ認定数が増加し、これまでに43人が労災と認められた。
また、 闘いの中で警察に弾圧されたり、サムソンからお金を支払うから労災申請を放棄するように圧力をかけられたり、 被害者は二重に傷つけられてきた、 とイ労務士は被災者が警察やサムソンの警備員に取り囲まれている写真を示した。
今回の和解で、 サムソン電子は公開謝罪をし、 500億ウォンを出資して安全のためのセンターを開設した。 しかしこれで終わりではなく、 「シーズン2」 の始まりであると、 イ労務士は言う。
サムソンはこれまで使用した化学物質を明らかにしておらず、 今後、 化学物質の詳細を公開することを求めていく、 また労災認定が幅広く容易にできるようにがんばっていくとした。

非正規職と安全の問題を問いかけたキム・ヨンギュン闘争

次に同じくパノリムのチョ ・スンギュ労務士から、 韓国の非正規労働者の運動について報告してもらった。
昨年11月、 泰安 (テアン) 火力発電所で働く24歳の非正規労働者キム・ヨンギュンさんが、石炭運送用のベルトコンベアに、巻き込まれて死亡する事故があった。 彼は夜中薄暗い場所で、 コンベアを稼働させた状態で1人で作業しなければならなかった。 彼はこれら危険な作業について発電所に改善を要求していたが、 下請け労働者であるために反映されることがないまま、 事故で死亡した。 彼の母親や所属する労働組合が意志を継ぎ、 大勢がデモを行った。
この事故をきっかけに起こった 「キム・ヨンギュン闘争」 で問題となっているのは「危険の外注化」 である。 労働安全について元請に責任を持たせなければいけない。2か月の闘争後、一定の解決をみた。発電所の非正規労働者を正規職化すること、28年ぶりに産業安全保健法が改正されて、元請の管理責任が拡大され、 処罰が強化されたことなどだ。それに加えてこの闘争で、被害者間の連帯が作られた。 この中で、 企業処罰法が必要という声が上がってきている。パノリムのシーズン2でも、企業責任の追及などを続けていく。

アジアの連帯の輪を広げよう

最後に全国労働安全衛生センター連絡会議の古谷杉郞さんから、 国際的な労災職業病を巡る状況について報告してもらった。ヨーロッパ・アメリカなど西洋の労災職業病ネットワークの紹介から始まって、 アジアでは労働者のみならず周辺住民にも多くの死亡者を出した工場でのガス漏れ事故、火災事故などをきっかけに、 労災の問題がクローズアップされ、 アジア規模のネットワークの形成に至ったことなどが紹介された。今回の集会のような国際的な交流の場は重要で、 これからも続けていくべきだろう。
集会には約60人が参加した。
今回来日したパノリムのメンバーは集会で発表した3人とカメラマンのイ・ビョングクさんと漫画家のキム・ソンヒさん。 キムさんはパノリムの運動のシンボルになっている防塵服を着た少女の絵を描いた人である。 5人は集会後さらに3日滞在し、日本観光を楽しんだ。ハン・ヘギョンさんが、発病後に登山ができなくなったため、 高いところへ行ってみたいと希望したので、 六甲山にも一泊した。 サムソン職業病問題がすべて解決したわけではないが、 ひとつのステップにいたったことで、 少しは安心して日本観光を楽しんでもらえたと思う。
調停合意の協約式にあたって、 ファン・サンギさんの語った言葉が印象に残っている。 「今日のサムソン電子の代表理事の謝罪は、 率直に、 職業病被害家族に充分だったとは思いません。この11年間、パノリムの活動をしながら、 数えきれない程だまされ、侮辱されました。職業病の苦痛、愛する家族を失った痛みを考えれば、 実際どんな謝罪も充分ではないでしょう。 だから私は今日の謝罪を、サムソン電子の 『確約』と思って受け容れようと思います。」
パノリムの「シーズン2」とも今後も連帯し、労災職業病根絶、労働者の安全のためにがんばっていこう。(2019/04_498)

話をするハン・ヘギョンさん (右) と補助するキム・ソンヒさん


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