労政審で複数就業者の労災問題が議題に/保険率負担の課題を解決し、 合理的制度への改正を

まさか!
放置されている複数就業者の不利

午前中はA社で働き、午後はB社で働く、いわゆる複数就業者の労災補償の扱いをどうするかというテーマが労働政策審議会労災保険部会の議題にあがっている。 どういう問題かというと、 大きく言えば次の二つである。
まず、 休業補償給付などの算定基礎となる給付基礎日額の問題だ。 現行制度では、二つの事業場で働いている労働者が被災したとき、 労災事故があった事業場で受け取る賃金だけをもとに給付基礎日額が算定され、休業補償や障害補償、遺族補償等すべてをこれをもとに支給することになる。
たとえばA社で月に10万円、 B社で20万円稼いで生活をしている労働者がA社で労災事故にあって休業すると、 B社の仕事も休んで賃金がもらえないのに、 月10万円をもとに休業補償が計算されてしまうのだ。
もう1つは、複数の事業場での業務を原因として発症した病気の労災認定をどうするかということだ。 脳心臓疾患の労災認定基準では、時間外労働が直前1か月に100時間を超える場合は、原則、業務上と認めるとしていることは良く知られるようになった。 たとえばA社で週40時間の法定労働時間だけ勤務している労働者が、同じ時期にB社で週25時間働いていて、脳出血を発症したとするとどうなるか。
A社の労働時間が法定労働時間一杯で、B社の分がまるごと時間外労働となるのだから、 1か月で100時間という基準を超えてしまう。 だから当然業務上疾病として労災認定されることになりそうだ。 ところが現行の労災保険制度は、 A社で法定労働時間内、 B社でも法定をはるかに下回る労働時間ということになって、 過重負荷は認められないという判断にしかならない。
まさかそんなこと…という声が聞こえそうだが、 いまの労災保険法ではこうなってしまっているのである。
一昨年3月28日の働き方改革実行計画の中で、副業・兼業を希望する労働者の働き方を認め、 促進する方向が明確にされ、その中で検討を進める項目に労災保険給付の在り方も加えられた。さらに同年12月8日の閣議決定 「新しい経済政策パッケージ」には、副業・兼業促進のためにモデル就業規則の改定やガイドラインの策定の実施とともに、 労災補償の在り方の検討を労政審で進めるとした。
さらに昨年6月15日の閣議決定でもあらためて、 労政審で検討を進め速やかに結論を得ると釘をさされたうえで、同月22 日の労政審労災保険部会に議題としてあがってきたわけだ。

じつはすでに議論されていた問題
改正されなかった理由はメリット制

ところでこの問題、 これまで検討されたことはなかっただろうか。
実は2004年に公表された「労災保険制度の在り方に関する研究会中間とりまとめ」 において、 「二重就職者に係る給付基礎日額について」 という論点が議論の俎上にあがっている。そして、「見直しの方向性」として結論付けられたのは「複数の事業場から支払われていた賃金を合算した額」 を基礎とするべきというものだった。

労災保険制度の在り方に関する研究会中間とりまとめ(2004年7月) (抄)

3 二重就職者に係る給付基礎日額等について
(1)給付基礎日額について
労働者が2つの事業場で働き、 賃金の支払いを受けている場合、 通常はその合算した額をもとに生計を立てているものであると考えられるが、 そのような場合であっても、 現在は、 業務災害又は通勤災害によって障害を負って労働不能になった場合や死亡した場合の障害(補償)年金や遺族(補償)年金等に係る給付基礎日額は、 前述のように発生した災害に関わる事業場から支払われていた賃金をもとに算定されることとなる。
その結果、 業務災害又は通勤災害による労働不能や死亡により失われる稼得能力は2つの事業場から支払われる賃金の合算分であるにもかかわらず、 実際に労災保険から給付がなされ、 稼得能力の填補がなされるのは片方の事業場において支払われていた賃金に見合う部分に限定されることとなる。 特に、 賃金の高い本業と賃金の低い副業を持つ二重就職者が副業に関し業務上又は通勤途上で被災した場合には、 喪失した稼得能力と実際に給付される保険給付との乖離は顕著なものとなる。
また、 既に厚生年金保険法の老齢厚生年金等や健康保険法の傷病手当金については、 同時に複数の事業所から報酬を受ける被保険者については、 複数の事業所からの報酬の合算額を基礎とした給付がなされることとされている。
前述のように労災保険制度の目的は、 労働者が被災したことにより喪失した稼得能力を填補することにあり、 このような目的からは、 労災保険給付額の算定は、被災労働者の稼得能力をできる限り給付に的確に反映させることが適当であると考えられることから、 二重就職者についての給付基礎日額は、 業務災害の場合と通勤災害の場合とを問わず、 複数の事業場から支払われていた賃金を合算した額を基礎として定めることが適当である。
(2) 労働基準法第12条の平均賃金について
労働基準法上の使用者の災害補償は労働基準法第12条の平均賃金に基づき行われるので、 二重就職者に係る労災保険法の給付基礎日額について(1)の考え方をとった場合、 労働基準法の平均賃金についてどう考えるかが問題となるが、
(1) 労働基準法上の災害補償は個別の使用者が現実に
支払いの義務を負うものであり、 その違反には刑罰が科されるものであること
(2)平均賃金は、労働基準法上の災害補償の算定の基
礎としてのみならず、 労働者を解雇する場合の予告に代わる手当、 使用者の責に帰すべき休業の場合に支払われる休業手当、 年次有給休暇の日について支払われる賃金等の算定の基礎としても用いられるものであること
を踏まえると、 (1)のような二重就職者に係る労災
保険の給付基礎日額の算定方法とは異なり、 従来どおり、 業務災害の発生した事業場の使用者が支払った賃金を基礎として算定することが適当である。
(3)二重就職者に係る給付基礎日額と平均賃金の関係
の整理
以上のことから、 二重就職者に係る給付基礎日額については、労働基準法第12条の平均賃金に相当する額とすることが適当でないとして整理することとし、上記の考え方を踏まえた算定方法を規定することが適当である。

この研究会が打ち出した通勤災害認定問題を主とした方向性は、その後、同年12 月の労働政策審議会建議となり、 労災保険法の改正等へつながることになる。 ところが、給付基礎日額の問題だけは、「専門的な検討の場において引き続き検討を行う ことが適当である。」 と付け加えられただけで、結局実際には放置されることとなってしまったのだった。
さて、 それでは何がそんなに難しい問題なのだろうか。

労災保険の趣旨は労働者の保護
稼得能力のてん補をはかるべき

まず、労働基準法における事業者の災害補償義務との関係である。 A社で起きた労働災害について、 B社の分まで休業補償を支払う謂れはないというのは当たり前の話だが、 しかしこれは休業3日までの話だ。
現実的に問題が大きいのは、 休業4日以降の労災保険の休業補償とあとの障害補償、それに遺族補償である。もし、制度上の事務的な手続き (たとえばB社の賃金額の報告を求める仕組みなど) が整備されたとして、 これを合算して労災保険の各給付を行うとすると、 どういう問題が生じるだろうか。
労災保険の財源は、個々の事業主が支払った賃金の総額に労災保険率をかけた額を労災保険料として毎年国庫に納付することによって成り立っている。その保険率は、全体の給付の状況を計算して業種ごとに定める作業を3年ごとに行って決定することとなっている。 また、 建設業等の有期事業の保険料算定に使用される業種ごとの労務費率も、 同様に給付額の状況をもとに3年ごとに改訂されることとなる。
この計算の基礎となる給付額に、 複数就業者の給付の変更は影響を及ぼすだろ う。しかし、 複数就業者の数が大規模に増えるというわけではないだろうから、 これはあまり大した変化にはなりそうにはない。
もう1つは、個々の事業場ごとの保険料に直接反映するメリット制の問題がある。メリット制というのは、一定の規模以上の事業場であれば、 3年間の労災保険の給付額により、 その最終年度の翌々年の保険料の額に反映させるという制度のことだ。
自動車の任意保険に加入している人なら分かりやすいが、 労災事故があって保険給付があれば、 その分保険料が上がり、 なければ保険料が下がるという仕組みだ。
もしB社の賃金を合算した給付基礎日額でA社の労災保険が適用されたとすると、合算額の給付をもとに保険率が計算されることになるのは明らかに不合理だ。 だからメリット計算ではA社の分だけを算入するべきということになる。しかし、 もしそういう対処をすることになると、 A社が免れた給付の負担はどこがまかなうのだろうか。何もしなければ全事業者がまかなうということになる。はたして、労災保険制度全体からみて整合性があるのだろうかということになる。

特定疾病の負担の仕組み参考に
全事業者で負担すれは良い話では

実は現行の制度でもよ く似た問題がある。特定疾病の扱いである。じん肺、非災害性腰痛、騒音性難聴、それに石綿による悪性中皮腫については、 複数の事業場で短時間働いたことの積み重ねで発病した場合、 便宜的に最終の事業場で労災認定する。しかし、保険給付をそのまま事業場のメリット計算に反映させるのは不合理なので、 病気ごとに在職期間と業種を限定して計算から排除することとしている。その上で特定疾病の取り扱いを定めている業種に限って特別の調整率を設定して保険料に反映させるという仕組みだ。 要するに複数の事業者での仕事が原因でなった疾病の保険給付の負担は、 業種全体で引き受けるという形となっている。
この仕組み、 相当大雑把な制度ということもできるが、 労働者を保護するという労災保険制度の趣旨からして、 同様の負担の仕方をせざるを得ないのではないかと考えることができる。
長時間労働をめぐる複数事業場の過重負荷の考え方についても、 業務上外の判断を複数で考えることとし、負担は全産業で負うことにするという仕組みを作ることで対応は可能といえるだろう。
そのためには全事業での負担のシミ ュレーションや特定疾病についての仕組みとの比較という観点から、 分かりやすい資料が提供され議論の俎上に乗せることが大切だということになるだろう。
今後の労働政策審議会の議論が待たれるところだ。
『関西労災職業病』2019年2月(496号)

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