審査請求で労災認定/労働時間すべてについて証拠は必要?/疑問の残る労働時間調査

和歌山県のゴルフ場で働き、長時間労働と上司からのパワーハラスメントで、 うつ病を発症したAさんの労災が、 審査請求で認められた。

長時間労働は何年も前から続いており、休業する前2年間では月に150~260時間の時間外労働があった。 また上司である総支配人から、 連日長時間の叱責や暴力のパワハラを受けた。 にもかかわらず、 労働時間の記録がなく、 長時間労働の証明に苦労した。

ワンマン社長によるパワハラと長時間労働

Aさんはゴルフ場のコース管理課に所属していたが、 入社2年ほどで上司らが退職してしまい、 Aさんがコース管理課の責任者になった。 ゴルフ場の芝生などを管理する仕事で、 客のいない早朝や夕方にしなければならない作業が多く、 長時間労働であったが、 Aさんはこの仕事が好きで、 やりがいを感じて20年以上働いてきた。 ところが、 2012年頃からは営業や売上げ管理もさせられるようになり、 名前だけと言われて役員の監査役にも就任した。 このころから、 営業などに時間を取られるようになり、 コース管理の仕事は部下の仕事をチェ ックし指示を出すだけになっていった。しかし労働時間は減らずに、益々長くなった。 また、 そのころ社長である総支配人から元支配人が、 ひどい叱責と時には暴力も受けるようになり、 総支配人は始末書を書かせて、 それを何度も書き直させるなどパワハラ行為を行っていた。 Aさんは元支配人の始末書作成を手伝うように言われて何度も深夜まで残業して手伝った。 また元支配人を叱責するときに、 Aさんや他の社員は同席させられ、 同調することを強要された。
2013年2月頃、 長時間労働に加えて総支配人のパワハラがいつ自分に向くかというストレスから不眠などの症状が現れ、 3月には病院で 「うつ状態、 神経症」 などと診断され、不定期に通院するようになった。
発病したことでAさんは手帳に自分の始業・就業時間を記録し始めた。 それまでは管理課責任者は管理職なので残業代が払われないため、部下に適当に書かせて、実態通りの記録を付けていなかった。
その後、元支配人が退職、他の管理職も総支配人からのパワハラや他の理由で辞めていき、総支配人、支配人の次の管理職はAさんという状況になった。
2014年ごろからは、 総支配人からAさんへの叱責が増えていき、 Aさんが休業を始める直前の2015年8月はほとんど毎日で、 時間外労働も200時間を超えていた。
Aさんは8月半ば、医師から「うつ病」の診断を受けて仕事を休むように言われ、8月30日を最後に翌日から休業した。
大幅に削られた実労働時間、その理由は…
Aさんは、 12月に田辺労働基準監督署に労災請求を行った。 しかし、 2016年9月に不支給決定通知が送られてきた。
Aさんはまた連帯労組関西生コン支部に加盟し、 長時間の時間外労働分の未払い賃金や精神疾患の損害賠償請求の準備も始めた。位田浩、定岡由紀子弁護士に依頼して訴訟の準備をする中で、 労災部分については関西労働者安全センターで協力することになった。
労災請求不支給についての田辺労働基準監督署の判断はこうだった。
Aさんは2013年3月に「うつ病」を発症したが発症以前の労働時間の資料がなく、 業務との因果関係は不明。2015年8月31日の傷病の悪化について、悪化直前の1か月の時間外労働は139時間、 3週間で93時間で、「特別な出来事」にあたる「極度の長時間労働」に該当しないため、業務起因性は認められないというもの。
さっそく開示請求して監督署の復命書を入手した。
労働時間はAさんの提出した手帳などの記録では、 朝8時頃から遅ければ深夜25 時ごろまで12時間から18時間に及んでいるにもかかわらず、監督署が認定した労働時間は日によって9時間のみとか、 11 時間だけとか、 1時間から7時間少なく認定されていた。
復命書では労働時間として認められなかった理由部分に黒塗りが多く、 大量に労働時間が削られた理由がほとんど分からなかった。
審査請求後、口頭意見陳述での質問事項に原処分庁から回答をもらって、 はじめてその理由が明らかになった。
監督署は1日の労働時間を基本的に8時間とAさんが終業時間前に毎日行っていた売上げ報告作成の1時間の合計9時間を確実な労働時間とし、 それを超えた労働時間は基本的に会議の時間やイベントやその準備など資料で分かる時間を除いて、 労働時間として認めていなかった。

すべての労働時間を証拠で証明って!

Aさんの事案を労災と認めさせるのには、 2つの方法があった。
ひとつめは、 2013年のうつ病の発症前の長時間労働を証明して、 発症から業務上として、 今回の休業も業務上とするもの。しかしながら、 Aさんは正確な労働時間を記録しておらず、 長時間労働であったのは間違いないが証明する資料もなく、 またゴルフコースがイノシシに荒らされたときには、 総支配人から過剰な叱責があるなどしたが、 叱責の証明は難しかった。
精神障害の既往症が悪化した場合、 精神障害の認定基準で「特別な出来事」があれば業務上とすることになっている。 もうひとつの方法は、 2015年8月末の休業開始を既往症の悪化として、直前の「特別な出来事」を証明することだった。「特別な出来事」とは、「生死に関わる、極度の苦痛を伴う、 又は永久に労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした」、 「業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた」、「強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた」、「その他、上記(前記)に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの」、「発症直前の1か月におおむね160時間を超えるような、 又はこれに満たない期間にこれと同程度の (例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った」の5項目だ。 Aさんの場合、 信じられないくらいの長時間労働があったので、 「直前1か月に160時間超」、これを証明することだった。総支配人のパワハラについては、証明して「ひどい嫌がらせ・いじめを受けた」と認められても、「特別な出来事」には該当せず、 心理的負荷強度の判断も担当した人間によって変わるので難しい。 そのため、 審査請求ではとにかく、 長時間労働の証明を目指し、 それに付け加える形で、元々の発症も業務上の負荷によるものであることやパワーハラスメントを受けていたことも主張することとした。
Aさんの労働時間は、 手帳の記録と毎日業務の最後に売上げ報告のメール送信していた記録で終業時間が分かるほか、 うつ病がひどくなってから業務指示を忘れないようにI Cレコーダーで録音していた音声データがあった。 うち関連する録音データを44本提出したが、そこには、監督署が定時とした午後6時以降、 売上げ報告の作業を行うまでの時間に録音されたものが多数あり、 監督署から省かれた労働時間をいくらか埋めることができた。またなかには、夜遅くから総支配人に深夜まで叱責を受けている録音もあった。 ほかの客観的証拠として、すでに退職した元同僚に連絡を取り、午後6時以降に職場でAさんに会ったり見かけたりしたエピソードを証言書に書いてもらった。
しかしながら、 直前30日全部の日について客観的な証拠を用意するのは難しいことだった。
こちらで野村さんの記憶も含めて、 集計した時間外労働時間は、少なくとも245 時間であり、休日は1日もなかったが、審査請求で提出した証拠で、 どこまで労働時間が認められるかが鍵だった。

不支給取消、そして…

結果として、 和歌山労働局の労災保険審査官は、 2018年3月に取消の判断をしたが、労働時間として認めた時間は212時間で、 160時間を優に超えていた。 残念ながら、 すべてを認められることはなかったが、 業務上という判断は勝ち取ることができた。
Aさんのようにとんでもない長時間労働がありながら、 また終業時間もはっきりしているのに、 田辺労働基準監督署があのような判断をするとは思わなかった。 もちろん総支配人ら上司が、 管理職なので自由に仮眠したり休憩を取っていた、 などと虚偽の証言をした影響もあったのだろうが、 田辺労働基準監督署の行った膨大な量の聞き取り調査は、 Aさんの労働時間を裏付けるより削るためにしか役立たず、 やり方に疑問が残った。
Aさんの件はまだ全て解決したわけではない。
ひとつは、 労災と認めて休業補償を支給するに当たって、 平均賃金が問題となっている。
会社から管理職とされてから、 残業代が支払われていない。 未払い賃金も労災の算定基礎日額に反映されるべきである。 ところが、管理職扱いされていたことから、管理職にも認められている深夜割り増し代のみが算定に入れられた。
Aさんの働き方は、 肩書きがあっても労働者であったので、 平均賃金について審査請求を行った。
また訴訟では、 賃金未払いと損害賠償を請求中である。 しかし、 労災が認められ、また賃金未払いと地位確認でAさんと一緒に訴訟を起こしている元同僚について、 労働委員会が解雇は不当として復職命令を出すなど有利な方向に進んでいる。
Aさんは、 劣悪な職場を離れて療養し、回復に向かっている。 早く全てが解決し、Aさんが再びやりがいを感じながら健康に働けるようになることを願っている。
『関西労災職業病』2018年8月<492号>

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